火山、地熱地帯、溶岩台地、間欠泉、温泉といった火山の島の風景
氷河、氷河湖、フィヨルド、滝、ダイヤモンドアイスといった氷と水の風景
プレートの境界上にあり、現在も引き離され続けているアイスランド
アイスランド旅行記全編版
そんな地球のダイナミズムが生み出す、絶景の連続だった。
2016年の8月、一週間の夏休みを利用してアイスランドを訪れた。その年の4月に撮影一人旅をしてきたのだが、女房殿がその写真を見て、
「夏旅行の行き先決定!アイスランドへ行こう。」
時間はあまりなかったが、計画を練り始めた。写真を見せて
「どこ見たい?」
「全部! 一周できないの? 運転きつそうだし、見所の場所探すの時間かかりそうだし、ツアーにでも入ろうよ。少人数でまわる冒険みたいなの無い?一緒になった人たちとのお話も面白いと思うよ。ガラパゴスのときみたいに。探してよ。よろしく!」
当時は、仕事の関係もありトラベルエージェントに頼むのも普通と思っていた時代で、準備期間が短いのもありHISで紹介してもらった現地の Nice Travelの「周遊バスツアー7日間|リングロードでアイスランド一周」というツアーに参加することにした。
- 1日目(金)レイキャヴィク到着
- 2日目(土) レイキャヴィク市内観光予定
- 3日目(日)バスツアー開始 ゴールデンサークル
- 4日目(月)南部へ ヨークルスアウルロゥン氷河湖まで
- 5日目(火)東海岸のフィヨルドエリア
- 6日目(水)デティフォス、ミーヴァトン湖エリア
- 7日目(木)フヴィートセルクール奇岩、ラングヨークトル氷河
- 8日目(金)ホエールウォッチング、キルキュフェットル山
- 9日目(土)ブルーラグーン、レイキャネス半島
4月は南部中心にした地方だけしかまわらず、8月のルートでほぼカバーされていた。そこで、8月のルートに沿った旅行記にすることにした。しかし、4月は、まだ雪が多く残っていてかなり違った印象があり、また、自分でレンタカーを運転しての旅だったので車を停めて撮った写真が多く、この時の写真を追加することでバラエティを持たせることができたように思う。
アイスランドの地名はなじみのないものばかりだ。そんな、なじみのない単語がやたら出てくる。カタカナばかりで、どうにもとっつきにくい。とはいえ、地名を表記しないで、「この山」、「この湖」ばかりでも、何を指しているのかわからなくなる。ということで、いろいろ試してみて、以下のような原則を設定することにした。
地名は基本的にカタカナで表記し、必要に応じて「山」「湖」「滝」などの種類を添える。ひと目見ただけでは、それが山なのか湖なのか、あるいは別のものなのか分からない地名が多いからだ。一般的な表記法ではないかもしれない。また、アイスランド語の地名には、「滝」を表す「フォス(foss)」をはじめ、「山」「湖」「峡谷」などの意味を含むものもあり、その場合は「スヴァルティフォス滝」のように「フォス」と「滝」が重複した表現になることもある。その点は承知のうえでの表記である。何より、書いている本人が「さて、これは何だったっけ?」となることも少なくないので、自分自身のためでもある。 また、初めて登場する地名には、アイスランド語の表記を括弧書きで添えた。ときには、自分で見ていて、アイスランド語表記のほうが場所をイメージしやすいことがある。それも面白い。なお、誰もが知っているような超有名スポットについては、ガイドブックなどで一般的に使われている表記に合わせたところもある。
この旅行記は、2016年4月と8月、二度のアイスランド旅行をまとめたもので、300枚を超える写真を使ったかなり長いものになった。
このページでは、旅の順序に沿って、移動の途中で見た風景や出来事も含めて全編を続けて掲載している。一方、写真や場所を中心に見たい場合のために、内容をエリアやテーマごとに整理した「アイスランド写真紀行」も用意した。こちらは単に旅行記全編を分割したものではなく、旅程の記述などを整理し、それぞれの場所の写真と紹介を中心に再構成している。
バスツアーに出発する前に、飛行機の疲れから回復するためと、市内を見て回ろうという目的で レイキャヴィクで2泊した。また、自分一人だが、4月に天候不良でキャンセルされたヘリコプターツアーに再挑戦する予定だった。
何が起きたか。日本出発前の木曜日が抗がん剤投与の日で、懸念していた副作用での高熱が出てしまったのである。熱は一日で下がるはずなのだが、さすがにその日は動けなかった。ヘリツアーのリベンジはできなかったし、キャンセル料を取られるなぁと思っていたら、ヘリツアー会社から連絡があって、その日も上空の天候不良で催行中止とのこと。ツアー代金は全額返却されて、不幸中の幸いだった。
女房殿は氷をもらってきたり、食事を買ってきてくれたりと看病してくれた。感謝しかない。しかし、彼女も付き合って一日中ホテルの部屋に籠もる必要はないので、一人で市内散策に出かけていた。
ここで、紹介する写真は、彼女が撮ったものと、4月に撮ったものである。
エスヤ山夕景
(Sun Voyager / Sólfarið)の彫刻
by 女房殿
ハットルグリムス教会(Hallgrímskirkja)
柱状節理をモチーフにした綺麗なファサード
レイキャヴィクを中心とする首都圏には、アイスランドの全人口の6割が住んでいるらしいけど、高い建物はほとんどなく、自然のなかにある静かな都市という雰囲気だった。中心部は歩いて回れるほどで、広くはない。海岸が近く散歩道が整備されていて、ここも、いい雰囲気。対岸には、エスヤ山(Mount Esja / Esjan)という山が見える。ここの景色は レイキャヴィクの象徴と言えるだろう。
8月は、STORM Hotel、4月は Skuggi Hotel に宿泊。どちらも北欧スカンジナビア風のミニマル&モダンな地元のチェーンホテルで、海岸にほど近いロケーションは散策に便利だった。
翌朝、体調はすっかり戻り、予定通り、ミニバスでのツアーに出発した。アメリカ人家族、中国人女性の一人旅、我々夫婦+スペイン人ガイド、ポーランド人ドライバーという総勢8人の小グループだった。
まずは レイキャヴィクを出て、シンクヴェトリルなどのゴールデンサークルエリアへ向かった。これでもかと飛び込んでくるアイスランドの風景に目を奪われ続ける。ツアーバスであり途中の撮影タイムはほとんどなかったが、4月に車を停めて撮影した風景を何枚か紹介しておきたい。
モスフェルスダール(Mosfellsdalur)のU字谷
ネーシャヴェトリル地熱発電所から立ち上る蒸気柱
浮かんでいるサンズエイ(Sandey)という島
シンクヴァトラヴァトン湖を過ぎると、まもなくシンクヴェトリルに到着する。
このシンクヴェトリル国立公園は世界遺産である。そして自然遺産ではなく文化遺産である。西暦930年頃にアイスランド全土を代表する野外議会アルシング(Alþingi)がここに設けられ、中世から続く統治制度を伝える場所であること、さらにアイスランド人の文化的アイデンティティと深く結び付いていることなどが評価されている。
とはいえ、自然も素晴らしい。アルマンナギャウ(Almannagjá)という断層壁に沿って幾つもの見所がある。まずは、エントランス近くのハキズ(Hakið)展望台から全体像を見渡す。展望台から降りたらアルマンナギャウの麓を北に向かって歩く。アルシングの中心舞台となったログベルグ(Lögberg)の横を通る。ここでは、断崖が天然の反響板となり、演説の声を大勢の民衆に届けるという自然の地形も利用されていたそうだ。続けてオクサ川(Öxará)がアルマンナギャウから落ちるオクサラフォス(Öxarárfoss)の滝まで進む。高さ13m、幅6m程度のさほど大きなものではないが、川筋は10世紀頃人の手で変えられて現在の位置にあるとのこと。アルシングの会場に飲料水を供給するためで、アイスランド最古の大規模な河川流路変更によって生まれた滝ということになる。4月は一人だったので、単純な往復はしたくなくてオクサラフォス滝までは行かなかったのだけれど、8月はツアーなのでオクサラフォス滝のところまで行ったら、ミニバスが先回りしておいてくれるという便利さを味わった。
ログベルグも見えている。
遠くに地熱発電所の蒸気も見えている。
両側と後の断崖の対比が好きな一枚。
見えるはずだと思うが特定できない。
Þingvellir National Park公式ウェブサイトより
Þingvellir National Park公式ウェブサイトより
Wikipedia より
歴史や景観も見所ではあるが、プレートテクトニクス運動の実例を景観として見ることができることが一番の魅力かもしれない。アイスランドは、「北アメリカプレート」と「ユーラシアプレート」の境界である大西洋中央海嶺の上に位置している。そして、この境界を境に年間数センチメートルずつ広がっている。このシンクヴェトリル平原あたりでは、その境界が一本の線ではない。アルマンナギャウ(Almannagjá)やフラフナギャウ(Hrafnagjá)など複数の断層や裂け目があり、その間には地溝帯が形成されている。また、アイスランドには二つの大きなプレートのほかにマイクロプレートも存在するという。これらのシンクヴェトリルの断層については、国立公園公式サイトの中にある「テクトニクス運動(Tectonic Movements)」のページに詳しい。
ギャウは一本ではない。この平原ではアルマンナギャウをはじめとするギャウが幾筋も走っている。透明度の高い水で満たされた裂け目として名高いシルフラ(Silfra)もギャウの一本である。これらのギャウが、地学的にはシンクヴェトリルで最も見るべきものいうことになるだろう。上の9枚目の写真は、4月に撮ったもので、そんなギャウの一本が平原を走っている様子である。大地に刻まれた神々の爪痕といった感じがする。
「地溝帯」が、話題に出たので、もう少し書いておこう。
アイスランドは、北アメリカプレートとユーラシアプレートが離れていく境界上にあり、地下にはマントルプルームという高温のマントルの上昇流があると考えられている。プレートが離れていく境界では、上昇するマントルの圧力が下がることで一部が融け、マグマが生じる。アイスランドでは、そこにマントルプルームによるホットスポットの活発なマグマ供給が重なり、大西洋中央海嶺の一部が海面上に大きな島をつくったのだ。プレートの境界にあることと、ホットスポットの上にあること。この二つが重なっているところが、アイスランドの特徴なのである。これは、日本のように、プレートがぶつかり合い圧縮されるような地域での状態とは大きく異なる。
3枚目の図に示されているように、アイスランドでは、プレート境界に沿って火山帯が連なっている。南部には東部火山帯と西部火山帯があり、さらに北部火山帯へと続いている。東部火山帯には、2010年に噴火してヨーロッパの航空網を大混乱に陥れたエイヤフィヤトラヨークトル(Eyjafjallajökull)をはじめ、ヘクラ火山(Hekla)、カトラ火山(Katla)、ラキ火山(Laki)などがあり、北部にはクラフラ(Krafla)などがある。一方、南西部のレイキャネス半島(Reykjanes)では、近年、火山活動が非常に活発になっている。特にブルーラグーンからほど近いスンドヌークル火口列(Sundhnúksgígar)周辺では、地割れ噴火が断続的に繰り返されており、2025年7月にも再び噴火して溶岩が流出したことは記憶に新しい。
かなり、長い説明になってしまったが、アイスランド旅行の背景として押さえておく方がよさそうな基礎知識だと思う。旅行前には、このように整理していなくて、ほぼ半分の理解だったことを少しだけ後悔している。「少しだけ」というのは、知識があまりない状態で、魅せられた対象を撮影したことは、それなりに良かったと思っているからだ。今後の旅行では、どちらのアプローチにするか考えてみねば。
「プレートがぶつかる場所」とか「プレートがぶつかって地下が熱せられ溶岩が吹き出ている」などという、結構いい加減な解説がネット上で見られるが、要注意である。
シンクヴェトリルを出て、次はグトルフォスという滝に向かった。この滝は、クヴィータ川(Hvítá)にあり、平原のど真ん中でいきなり滝が出現する。平原に滝? なんか違和感がある。地質学的に調べてみたら腑に落ちた。グトルフォス周辺にはプレート運動に伴って生じた複数方向の断層や割れ目があり、クヴィータ川はこうした侵食されやすい弱線に沿って峡谷を刻んできた。そのため川はグトルフォスで鋭角に方向を変え、二段の滝となって峡谷へ落ち込んでいる。峡谷の形成には、氷期末の巨大なヨークルフロイプ(jökulhlaup)が大きく削ったという説もあるが、現在は、氷河が後退した後にクヴィータ川が長い時間をかけて侵食したという説の方が有力とされている。断層と氷河、そして川の侵食が重なってできた地形と考えると、あの不思議な形も想像できるというものだ。
改めて、アイスランドの地形形成は、
- 北アメリカプレートとユーラシアプレートの境界上にあること
- マントルプルーム(ホットスポット)の上にあること
- 北極圏に近い寒冷な気候であること
という、三要素が関係しているのだと再認識した。
駐車場に着くと、近くの上部展望台へ向かい、全貌を見渡す。1枚目の写真のようなパノラマが広がる。その後、少し戻り下部展望台へ向かう。200mに満たない距離だが、滑りやすいので気をつかう。4月のときは、残雪もあり怖かった記憶もある。
下部展望台は、到達感満載で記念写真を撮らずにはいられない場所だ。良い景色が見えるわけではないが、水しぶきを含め迫力満点なのだ。自分的には写真を撮るなら、少し手前の下段の滝のすぐ横の遊歩道がベストスポットだと思う。5枚目の写真がそのポイントで撮ったものだ。
張り付いた氷の模様が美しい。
展望台だけ浮いているように見える。
6枚目以降は4月に撮影したものだ。一人旅だったこともあり、1時間以上かけてじっくりと周り歩いた。7枚目は、滝エリアの北側にある柵のすぐ外を流れる川の様子。この水路はクヴィータ川へと流れ込むのだが、周囲とは異なり、なぜか赤い岩石で構成されていた。火山性の鉄分を多く含む地層を通り、地上へと湧き出た緩やかな支流の水が、空気に触れて酸化したことで周囲の岩を赤く染めたのだろう。グトルフォスが持つ圧倒的な「動」の迫力と、この水路が醸し出す「静」の佇まいが同居する様子が、とても興味深かった。
この後、ゴールデンサークルの三つ目の目玉、ゲイシールへ向かった。
ゲイシールに到着すると、駐車場に止めたミニバンに40分後に集合ということで自由行動になった。
ところで、「ゲイシール」に到着すると書いたが、ゲイシール間欠泉は、世界中の間欠泉の語源(Geyser)となった歴史的にも有名な存在だが、現在は休眠状態となっている。にもかかわらず、ハウカダール(Haukadalur)という谷の地熱地帯も「ゲイシール」と呼ばれている。観光案内などもほとんど「ゲイシール」である。なんとも強い名前だ。
休眠中のゲイシール間欠泉の代わりと言っては語弊があるだろうが、近くのストロックル間欠泉(Strokkur)が見応えある間欠泉として存在している。5〜10分おきという高い頻度で、高さ20〜30メートル(最大約40メートル)まで温水を噴出する。グリーンのバブルが湧き上がり、噴出し、反動で凹むまでの一連の動きはとても興味深い。
ストロックルとゲイシール以外にも、40箇所以上の小さな温泉、間欠泉、泥沸騰泉、噴気孔 が点在している。というエリアで、訪れて損はない。
ストロックル間欠泉で、グリーンのバブルが湧き上がり、噴出し、反動で凹むまでのシーケンス
ゲイシールでゴールデンサークルは後にした。1時間ほどミニバスに揺られると、エイヤフィヤトラヨークトル(Eyjafjallajökull)火山・氷河の近くに来る。この氷河に覆われた火山は、2010年にヨーロッパ中の航空網を麻痺させた噴火で有名である。周囲には垂直に切り立った崖が続いている。最終氷期の終わり頃には相対的な海面が現在より高く、大西洋に面した海蝕崖だったところで、その後、海面が相対的に低下し、前面に低地が形成されたことで、現在は海岸から内陸に位置している。この崖に沿って幾つもの名瀑がある。
まず、訪れたのがグリューフラフォス(Gljúfrafoss)滝。大きな岩壁の裂け目の奥に隠れるように落ちている。正面から見ると奥に白い筋が見えるが、全体の姿を見ることはできない。川の中の飛び石を伝って裂け目の中に入ると、奥には深い空間が広がり、見上げると空が見える。外からは想像できない空間だ。ダイナミックな光景というより、繊細な職人芸といった感じがする。
この滝は崖の表面を落ちていない。崖上の端から少し離れたところを水が浸食し、穴をうがつようにして現在の形になったのだろうか。さらに、そこから外へ向かって細いスロットが延びている。見ていると、製本のとき上からドリルで揉んで開けた穴に紐を通したら、背が切れてしまった――そんなイメージが浮かんだ。
無名の滝が幾筋もある。
ここでも、バスツアーの便利さを享受。グリューフラフォス滝近くでおろしてもらって見学後、セリャラントスフォスまで300mほどを歩いた。セリャラントスフォスの方が100倍有名で、4月にはセリャラントスフォスには来たがグリューフラフォス滝までは足をのばさなかった。ちょっと惜しいことしていたものだ。
セリャラントスフォスもエイヤフィヤトラヨークトル火山・氷河の周囲の海蝕崖が隆起した崖にある滝の一つだ。高さ60mほどで、スリムな姿が美しい。季節によって水量、つまり幅が変わるらしいが、4月と8月ではあまり差がないように思えた。
そして、裏側に入れる滝として有名である。これだけ大きな滝で裏へ入れるというのは、撮影アングルを楽しむ上で楽しい。しかし、裏側通路は濡れているし、足場が良くない。また、来訪者が滞留することもあり、三脚を立ててゆっくり撮影するという雰囲気ではなかった。
また、裏側から夕陽をバックに撮るという楽しみがあることはわかっているが、4月のこの頃は日没が午後8時30分ころと遅い時間になる、8月はツアーなのでその時間に立ち寄らなかったら見られないと諦めざるを得なかった。
虹が出ている。
ちゃんと目立つ(笑
セリャラントスフォスのしなやかで繊細なシルエットに比べて、スコゥガフォスは圧倒的な迫力と力強さを感じさせられる。
セリャラントスフォスと同じ旧海蝕崖にあるスコゥガフォスは、高さは約60mでほぼ同じだが、幅は約25mと倍以上あり水量が多い。轟音と水しぶきが半端ない。濡れてしまうのは言うまでもない。レインコートを着たままで歩いて行く。撮影するとき、カメラが濡れないようにカバーで覆っておくのが面倒だったことを思い出す。
正面から見て右の方に、展望台とそこまで登る道が見える。ここを登るのはかなりきついが、下からとは違ったアングルで滝が見られる。一番上の展望台より、少し下の出っ張りから見る滝の方が迫力あるかもしれない。確かジャスティンビーバーのMVでも彼はこの出っ張りの岩の上に座っていたと思う。
この滝は虹を見られる確率が高く「虹の滝」とも言われるとか。8月は曇っていたので見られなかったが、4月にはダブルで出ていた。
この日の一周ツアー最初の宿泊は、このスコゥガフォスの近くのホステルだった。決して高級ではないけど素朴で、このツアーを象徴する宿かなと思った。4月に来た後、このスコゥガフォスの背後にオーロラが出ている写真を見つけ、次に来ることがあればこのあたりに宿泊して夜景を撮りたいと思って、一人旅だったら、オーロラは見えないにしてもスコゥガフォスの夜景の撮影に行ったと思うが、この時は曇っていたし、翌朝は早いことがわかっていたので断念した。ちなみに、ガイドにオーロラが出たら教えてもらうように頼んでおいた。結局、最後まで見られなかったのだが。
ルートマップ上では Skogar Hostel としているが、100%の確証はない。この近辺であったことは確か。
オーロラは、冬しか出ないわけではなく、白夜の期間を除き、条件さえ整えば見えるのである。事実、カナダのイエローナイフにオーロラツアーで訪れたのは9月だった。
翌朝、最初に訪れたのは、すぐ近くのクヴェルヌフォス滝だった。
ホステルからミニバスに乗ったけど1分で降車。降りそぼる雨の中、レインコートを着て、トレイルを歩いた。曲がりくねった谷間を川沿いに進んでいくと滝の音がして姿も見えてくる。カメラにコンビニ袋をかぶせて持っていたら、ガイドに「カメラカバーくらい買えよ」と笑われた。が、前日まではカバーを使っていたのだけど、三脚に固定して撮ることはまずないし取り回しが面倒なのでコンビニ袋に変えたところだったのだ。変なところを覚えているものだ。
さて、この滝は裏側が大きな洞窟になっていて、回り込んで歩くことができる。静かな穴場的スポットだった。我々が行ったときは、すれ違う人はいなくて、いたのは、放牧されている羊だけだった。ガイド付きツアーでないとまず訪れないだろうと思っていた。
現在はトレイルが整備され、入り口にはカフェまであるようだ。近年は訪問者も増えているという。ネット上にある画像を見ても、私たちが訪れた頃とはずいぶん様子が変わってしまったらしい。
いった方が、正確かもしれない。
こちらは滝登る鯉を表した「鯉魚石」かも。
帰りも滑る道に気を付けながら下った。1時間強、雨だったが、人混みとは無縁なウォーキングを楽しむことができた。
次は、レイニスフィヤル海岸のブラックサンドビーチを目指し、1時間弱のバス旅だった。
到着したレイニスフィヤル海岸では雨が強くなっていて、ミニバスから降りたもののほとんど何も見えなかった。多くのパフィンが飛んでいるのが見えただけだった。それでパフィン(Puffin)を撮ろうとしたのだが、雨ということで望遠レンズをつけずにミニバスから降りてしまい、どうにもならなかった。この旅行記を書くときに調べて見たら、パフィンは渡り鳥で、8月になると繁殖地を離れ、海へ戻っていくという。ちょうどそんな時期だったわけだ。4月にはまだ飛来前だった可能性が高く、一羽も見なかった。NHKの「体感!グレートネイチャー」で、ここのパフィンが紹介されていたのを思い出した。
パフィンの日本名は「ニシツノメドリ」というそうだが、見たり聞いたりしても括弧書きのなか。英語のパフィン(Puffin)、アイスランド語のルンディ (Lundi)のほうが間違いなく一般的に使われている。
結果的に、10分も滞在してなかったという記憶。訪れたという事実だけは記録に残っている。
ということで、4月に訪れた時の写真を掲載しておく。この日は、水平線上に雲はあるものの気持ち良い晴れで日差しも強かった。
海岸でまず目に入るのは、ビーチの東に見えるレイニスドランガル(Reynisdrangar)という海蝕柱の奇岩だった。最初の写真に写っているのは右側の細いミョーイドランガル(Mjóidrangur)とラングハマル(Langhamar)という2本。そして、遮るもののない大西洋から黒砂海岸へ直接押し寄せる大波が写っている。この一帯の海岸で突然浜の奥まで押し寄せる大きな波は、スニーカーウェーブとして知られているそうだ。この写真は、この海岸の典型的な状況を表していると思う。観光客が一人も映り込んでいないのは嬉しい。2枚目は、カップルがふざけながら写真を撮っていた姿を撮ったものだが、なかなか好きなアングルとなった。波しぶき、砂浜の高さから撮ったこと、それと露出の関係でモノクロ写真のようになったのは偶然の産物だ。
また、この海岸は柱状節理の岩壁で知られている。先に書いたパフィンの飛来地としてもよく知られている場所だ。
4枚目の写真は、柱状節理に囲まれ、劇場の舞台のような半ドーム状になった玄武岩の洞窟「ハルサネフシェル(Hálsanefshellir)」の内側。人が入るとスケール感がわかるので、ちょうど撮影していた方に声をかけて一緒に撮らせてもらった。狙い通りの一枚になって、この写真もお気に入りになった。
5枚目は、例のスニーカーウェーブの白く泡立つレイニスフィヤルの黒砂のビーチで、後にはディルホラエイ(Dyrhólaey)の岬が見えている。近くまで行ってもあの穴は方向的にこちらから見る方がいいだろうという判断で、岬には行かなかった。あのときはそう判断したけど、今になったら、行けば良かったかなとも思う。
最後の写真は、レイニスフィヤル海岸ではなくて、レイニスフィヤットル山(Reynisfjall)を挟んでちょうど反対側、つまり、ヴィーク(Vik)側のヴィークルフィヤラ(Víkurfjara)という同じような黒砂の海岸での撮影だ。レイニスドランガルの奇岩はレイニスフィヤル側から見えた2本に加え、ランドドランガル(Landdrangur)という陸側の柱も見えている。全く違う表情だ。レイニスフィヤル海岸と比較すると波は荒くなく、砂浜も緩やかだった。海岸の黒砂には引き波が美しいストライプ模様を作っていた。波の打ち寄せと引き波によって、粒の大きさや重さなどが異なる砂が選別され、濃淡のある帯ができることがあるという。ここでもそんな作用によって、このような模様が生まれていたのだろう。また、こちらの海岸は、レイニスフィヤルに比べて圧倒的に人が少なく、静かだった。
8月の旅では、10分後、次の目的地フャズラオルグリューヴル峡谷に向かった。途中、苔むす平原などに立ち寄ったり、ランチをしたりで3時間近くかかったので、到着する頃には雨は少し弱くなっていた。
雨の中でのトレイル行。クヴェルヌフォスの滝と同じ感じ。ミニバスから少し歩いて峡谷を見に行った。うっすらと雨でけぶる渓谷では、濡れた苔が鮮やかで、ともすれば陰気に写る景色は思いのほか色があった。我々以外に観光客をほとんど見かけなかったのも良かった。
フャズラオルグリューヴル峡谷は、フャズラアゥ川(Fjaðrá)によって造られた渓谷で、約9000年前、氷河の後退に伴ってできた湖から流れ出す水が岩盤を削り、形成されたとのこと。地質学的に見れば、比較的短期間でこのような深い峡谷ができたということなのだろう。その後も侵食や風化などを受け、現在の姿へと変化してきたそうだ。ここの成り立ちもマントルプルーム、寒冷な気候などのアイスランドの自然条件の賜だということだろう。
なお、この旅行記を書き始めてから、2016年頃の「ビーバー・エフェクト」というのを知った。2015年9月に撮影され、11月に公開されたジャスティン・ビーバー(Justin Bieber)の 「I'll Show You」のミュージックビデオ(MV)がアイスランドの観光を劇的に変えたそうだ。MVは数億回再生され、2017年には聖地巡礼ツアーなどの影響で観光客が激増したらしい。ほとんど知られていなかったフャズラオルグリューヴル峡谷はじめ、セリャラントスフォス、ヨークルスアウルロゥン氷河湖、ダイヤモンドビーチ、ディルホウラエイ岬、ソールヘイマサンドゥルの飛行機残骸などの南部の見所がとくに影響を受けたとのこと。ジャスティンを真似て苔の上を転がったり、冷水の中で泳いだりと、自然を顧みない行動で環境を悪化させたそうだ。そのため、立ち入り禁止、遊歩道整備などの対策が講じられ、観光地の自然対策が10年早まったとも聞いた。
自分らが訪れた2016年の4月と8月は嵐の前の静けさだったのかもしれない。
Justin showed me―確かに撮影地は飛行機残骸以外は見せて頂いた。
2026年現在立ち入り禁止
遊歩道が設置されている。
展望プラットフォームが設置されている。
そういえば、フャズラオルグリューヴル峡谷につく前に、一度苔むす平原にミニバスを止めてくれた。ひょっとしたら、ジャスティンビーバーが苔の上で転がった場所だったからかもしれない。
4月にも、この近辺で苔に覆われた溶岩台地エルドフロイン(Eldhraun)を撮っていた。リングロード沿いのわかりやすい場所に駐車場があり、遊歩道を歩いてその景色を眺められる。ダートロードの起点にもなっているようだった。背景に大きく広がる真っ白な雪山は、ミールダルスヨークトル(Mýrdalsjökull)という氷河である。
一隊の撮影クルーと数名の観光客がいた。撮影クルーは、機材を土や雪の上に置き、苔の上に置いていないという配慮をしているようで、自然保護関連の放送だろうと思われる。どんな番組を撮ったのか気になるところだ。
4月の写真には、フャズラオルグリューヴル峡谷方面への通行止めの看板も写っていた。これを見て、ラキ火山方面へ行くのを諦めたのだった。春には凍結していた路面や地盤が融けて柔らかくなり、ぬかるみで車がはまったり、路肩が崩れたりするため、通行止めになるのだそうだ。
5枚目の写真は、エルドフロインと同じようにリングロード沿いに駐車場があるルイフスカゥラヴァルザ(Laufskálavarða)という石積みの丘に立ち寄ったときに撮った。かつて広大なミールダルスサントゥル砂原(Mýrdalssandur)を渡るのに安全を祈願してケルンを積んだそうだ。
このあたりは平原が続く。溶岩台地、砂原、氷河などのアイスランドらしいと言えばらしい風景の中をドライブしたことが思い出される。最後の写真はミールダルスサントゥル砂原という砂原を走っているときに撮った一枚。
さて、8月のリングロードの旅では、東へ向かいスカフタフェットル(Skaftafell)エリアでは、スヴィナフェルスヨークトル(Svínafellsjökull)という氷河を見にいった。4月の旅では、代わりと言ってはなんだがスヴァルティフォス(Svartifoss)の滝に行った。
それらがあるスカフタフェットル(Skaftafell)エリアに到着する前には見渡す限りの黒い砂原を通る。
フャズラオルグリューヴル峡谷を出て、30分ほど東へ進むと、見渡す限りの黒い砂原にさしかかる。スケイザルアウルサントゥル砂原だ。面積は約1,300平方kmもあるそうで、東京都の半分強の広さである。スカフタフェットルの山々が見えているのになかなか近づかない。30~40kmほどもあるだろうか、ほぼまっすぐな道を30分弱走り続ける。
8月はこの辺りでも雨が降っていて撮影できなかったので、ここからは4月の写真を掲載する。
このスケイザルアウルサントゥル砂原を通るリングロードから見える光景は筆舌尽くしたいほど素晴らしい。
先ほど「スカフタフェットルの山々」と書いたが、スカフタフェットルは、ヴァトナヨークトル氷河の南側にある地域の名前だ。後に紹介するスヴァルティフォスの滝もここにある。かつてはスカフタフェットル国立公園だったが、2008年にヴァトナヨークトル国立公園の一部となった。一度説明を書いてみたが、自分でも位置関係がわかりにくかったので、Google My Mapsで図にしてみた。白い部分はアイスランド最大の氷河ヴァトナヨークトル(Vatnajökull)で、その南側を見ている。青い線がリングロードで、図の下から上へ向かう方向になる。右下に黒く広がるのがスケイザルアウルサントゥル砂原。「Skeiðarársandur」と表示した青いマーカーの辺りで撮った写真が多い。オレンジのマーカーは、撮影した山や氷河などの位置を示している。
ほぼ正面に見えたのは、アイスランド最高峰のクヴァンナダルスフニュークル(Hvannadalshnúkur)。頂上付近には雲がかかっていたが、陰影にメリハリがあり、ダイナミックな表情だった。
西側には、ヴァトナヨークトルから延びるスキェイザルアゥルヨークトル氷河(Skeiðarárjökull)が間近に見えた。氷河ハイキングへ向かうのだろうか、歩いている人の姿もあった。
スカフタフェットルスヨークトル(Skaftafellsjökull)とスヴィナフェルスヨークトル(Svínafellsjökull)の二つの氷河が並ぶ眺めも見応えがある。右側のスヴィナフェルスヨークトルの先端には氷河湖があり、8月にはそこを訪れた。
最後の写真は、西の方を振り返って撮ったもの。黒い砂と岩が広がる向こうに、ロゥマグヌープル(Lómagnúpur)の岩山が見える。
右:スヴィナフェルスヨークトル氷河
最後から2枚目の写真に写る鉄骨は、洪水で破壊された橋の一部を残した、スケイザルアウ橋梁記念碑(Skeiðará Bridge Monument)だ。1996年、ヴァトナヨークトル氷河下で起きた噴火に伴って、大規模なヨークルフロイプ(氷河突発洪水)が発生した。大量の水とともに流されてきた、家ほどの大きさの氷塊まで橋に衝突したそうだ。
目の前に広がるスケイザルアウルサントゥルは、ヴァトナヨークトル氷河から流れ出す氷河河川や、氷河下のグリームスヴョトン(Grímsvötn)火山などに起因するヨークルフロイプが運んできた大量の堆積物によってつくられてきた砂原だ。1996年の洪水は、その過程の一つだったということになる。
ただ広いと眺めていた黒い砂原だが、この鉄骨を見ると、そこに働く力の大きさを感じる。太古の出来事だけでなく、今もこの地形がつくられ、変わり続けていることの証なのだろう。
4月の旅では、エルドフロインとスケイザルアウルサントゥル砂原との中間辺り、キルキュバイヤルクロイストゥルの近郊で2泊した。ホテル近郊の景色も素晴らしかったので、次のスカフタフェットルを紹介する前に少し触れておきたい。
宿泊したホテルは、フォスホテル ヌパール(Fosshótel Núpar)といい西から来るとスケイザルアウルサントゥル砂原(Skeiðarársandur)に入る少し前に位置する。ホテルの場所は平原の真ん中で何もないが、朝景はとても印象的だった。ロゥマグヌープル山が見え、後方には雪を冠したスカフタフェットルエリアの山々が見える。太陽は、手前の湖沼にキラキラと反射し――てんこ盛りの光景だ。
近郊のキルキュバイヤルクロイストゥル辺りから、スキェイザルアゥルヨークトル氷河の手前辺りまで、リングロードの北側に約40kmにわたり隆起古海蝕崖が続く。写真を掲載した、シストラフォス(Systrafoss)、シードゥの滝(Foss á Síðu)など多くの滝がこの崖の上から落ちている。有名でない滝も表情が豊かだ。カルファフェットルの農園では、農家らしい家と左右二つの凹凹がある滝など絵になるなぁと思ったことだ。また、海蝕崖の下はスケイザルアウルサントゥル砂原に連なる広大な平原で緩やかな小川、小さな湖沼群が点在する。
カルファフェットルの東にあるロゥマグヌープル山(Lómagnúpur)では、この一連の崖が最も高くなる。この山を過ぎるとリングロードは崖をはなれ、スケイザルアウルサントゥル砂原の直線道路へ向かうことになる。キルキュバイヤルクロイストゥル辺りからずっと見える断崖で色々な表情を見ることができる。
スカフタフェットルエリアでは、まず4月に行ったスヴァルティフォス(Svartifoss)へのハイキングを紹介する。自分では、アイスランドではこの滝が、最もお気に入りの滝かもしれない。遠景がとても気に入った。また、ハイキングの途中の景色が素晴らしかった!
スカフタフェットルの駐車場から登り、ストーリライクル川(Stórilækur)やバイアルギル谷(Bæjargil)に沿って進んでいくと、スヴァルティフォス(Svartifoss)が見えてくる。そして、滝壺の上に到達し、滝壺レベルまで降りた。また、登ってこなくてはならないので一瞬躊躇はしたけど、ここまで来て降りないという選択はないだろうと思い直したのだ。
約30万年前、噴火に伴う溶岩がスカフタフェットルスヘイジ(Skaftafellsheiði)の高地を流れ下り、古い河道を埋めた。その溶岩がゆっくり冷える過程で、収縮によって柱状節理が生まれ、現在のスヴァルティフォス(Svartifoss)の黒い柱状の岩盤となった。その後、現在のバイアルギル(Bæjargil)を流れる川による侵食が進み、柱状節理の崖の下部が削られていった。基部を失って不安定になった上部の岩盤が崩落することで、崖は少しずつ上流側へ移動していったと考えられている。このような侵食と崩落が繰り返され、現在見られるスヴァルティフォスの姿が形づくられたのだろう。
また、周囲の地形は氷河や水による侵食の影響も受けており、スカフタフェットル一帯の谷や山腹には、その長い地形形成の歴史が刻まれている。つまり、歩いたハイキングコースは、滝そのものだけでなく、長い時間をかけて形づくられてきた地形をたどる道のりだったわけだ。
戻りは同じ道ではなく、当時S6と表示されていた東寄りのルートを降りていった。実は、このルートが絶景街道だった!
滝を後に進んでいくと、眩しいと言ってもいいくらい鮮やかな真っ白な光景がドカンと広がった。折からの青空との対比で鮮烈だった。実は、この道を歩いていたときの記憶はあまりない。只々、見とれて歩いていた。
今回、旅行記を書くにあたり、山や氷河の名前を調べたので、記録しておくことにする。
左側つまり北寄りに、クリスティーナティンダル(Kristínartindar)山、その奥に緩やかなヴァトナヨークトル(Vatnajökull)氷河の広大な本体が見え、その右側には、とげとげの白い塊がある。氷河から突き出した岩峰で、ヌナタク(Nunatak)といわれるものらしい。
その右にスカフタフェットルスヨークトル(Skaftafellsjökull)氷河舌上部があり、その上方には、アイスランド最高峰クヴァンナダルスフニュークル(Hvannadalshnúkur)が雲の合間から覗いている。
更にその右にスヴィナフェルスヨークトル(Svínafellsjökull)氷河の上部が見え、そこにはフルーツフィヤルスティンダル(Hrútsfjallstindar)のものと思われる氷山のような頂が見える。
何度でも言おう、これらが広がる景色は絶景としか言いようがなかった。
その上に見える頂は氷山のようだ。
ちょっと不気味だ。
約2時間のハイキングだったが、最高に気持ちが良かった。
駐車場に降りてくると、見上げる景色もまた良いと感じ、少し離れたところで改めて撮ってみた。
何度でも、だな。
もうひとエピソード。 4月の旅行のとき、青い氷の洞窟を見てみたくて、スカフタフェットルのVisitor Centerでツアーに入ろうと思ったのだけれど、溶解や崩落の危険があるため、3月までで閉鎖したと言われて諦めた。残念ながら、期待通りにはいかないのが自然というものだろう。
近くの駐車場に停めたミニバンから歩いてすぐ目の前に氷河湖が広がり、崖沿いに少し進むとスヴィナフェルスヨークトル氷河が拝めた。
氷河湖の岸は、U字谷の岩壁上部のような感じで切り立っている。しかし、その上には土砂が堆積しているようで、いかにも崩れそうな肩だった。怖くて近づかないようにしていたら、ガイドが、「去年だったか写真撮っていて後ろ向きに後退して落ちた人がいたぞ。水が冷たいのですぐ死ぬぞ。気を付けろ。」って言っていた。ま、細部は創作話くさいが、前年に実際に転落死亡事故が起きていたそうだ。確かに気を付けるべき場所だったのだ。
2016年当時は、氷河のすぐ目の前にある簡易駐車場まで車でアクセスできたが、スヴィナフェルスヨークトル上方のスヴィナフェルスヘイジ(Svínafellsheiði)では2014年から亀裂が確認され、2018年には新たな亀裂も見つかって、大規模な岩石崩落の危険性が指摘された。その後、旧駐車場へ続く道路は車両通行止めとなり、現在は離れた場所に新しい駐車場が設けられているようだ。
ここは、「インターステラー」、「バットマン ビギンズ」、「ゲームオブスローンズ」など、映画やテレビドラマの撮影場所だそうだ。凍てつく惑星、未開の地などのイメージにマッチしているのだと納得できる風景である。
この氷河湖を後にし、エーライヴァヨークトル(Öræfajökull)の南側を回り込み、次の訪問地ヨークルスアウルロゥン(Jökulsárlón)まで1時間弱のドライブだった。
次の3枚は4月に、フィヤトルスアゥルロゥン(Fjallsárlón)氷河湖の少し手前で、路肩の駐車場から撮った写真だ。最初の写真は、西を振り返って撮ったもので、手前にフィヤトルスアゥ(Fjallsá)川が流れる砂原とその向こうにクナパヴェトリルあたりの山々が見えている。エーライヴァヨークトルを別の角度から見ることになるわけだ。2枚目は、フィヤトルスヨークル(Fjallsjökull)へと続く広大な氷原。3枚目は、ほぼ正面に見えるフルータールヨークル(Hrútárjökull)氷河舌である。
東から見ても威圧感がある。
この時、ヨークルスアウルロゥン(Jökulsárlón)へ向かっていたことと、この辺りは曇っていたこともあり、フィヤトルスアゥルロゥン氷河湖の方へは足を延ばさなかった。これまでと少し違う曇りで、寂寥感を感じさせられる風景だった。だがしかし、8月は雨だったので、4月に少しでもこの辺りの様子がわかったのはラッキーだったといえるかもしれない。
余談ではあるが、この撮影のとき高圧電線が気になって仕方なかった。画像整理するときは、編集ソフトで消してやろうくらいに思っていた。しかし、今回、場所を特定する上で重要な要素となった。何が功を奏するかわからないものだ。
この超有名スポットは、4月も8月も訪れた。
4月のときは、ダイヤモンドビーチ(Diamond Beach)も含めて、夕暮れまで4時間以上滞在していた。それくらい感動的な場所である。そういえば、8月の駆け足ツアーでも1時間だった。掲載した写真は、4月、8月をミックスしている。
8月の旅、リングロードが吊り橋を渡るとすぐに左側にヨークルスアウルロゥン氷河湖へのビジター用の駐車場があり、ここで自由行動になった。橋の手前のダイヤモンドビーチの駐車場で1時間後の集合というスケジュールで、氷河湖とダイヤモンドビーチを見て回った。
まず、駐車場の北側にある小高い丘に登って氷河湖の全景を見て、湖畔から川沿いを橋まで戻り、もう一度湖の方に戻り、違う角度から湖を眺め、次にダイヤモンドビーチへ向かった。二つの駐車場の間は歩いて15分程かかることを考慮して、湖を見る時間を30分、ダイヤモンドアイスを見る時間を15分程度といった時間配分だった。
次の3枚も8月に撮った写真で、氷山まで霞んで見え、北国の寂寥感が漂う光景を捉えることができた。
左の写真に映り込んだ人は、水に手を入れてみていかにも冷たそうな仕草をしていたという記憶。
一方、4月はかなり天気が良く、4時間ほど滞在している間には全域に日が差す時間帯もあった。ここからは4月の写真を掲載したい。
奥の白い広がりはブレイザメルクルヨークトル(Breiðamerkurjökull)氷河舌、氷の塊が浮く湖がヨークルスアウルロゥン氷河湖。右奥は、フェルスフィヤトル(Fellsfjall)からヴェズラルダルスフィヨットル(Veðurárdalsfjöll)へ続く山並みである。西岸の丘の上からのアングルだ。
4月は、いくつかある駐車場を行ったり来たりしながら撮影していた。メインの駐車場にも行ったが、橋の手前の小さな駐車場に停めていた時間が長い。少し歩いてモレーンのような丘を越えた辺りからのビューがとても気に入ったのだ。この西側の方が圧倒的に人が少なくゆっくりできたことも理由の一つだった。しかし、メイン側は浮いている氷塊が近くて多い、夕陽が真正面に沈むなどの利点もあり行き来していたのである。
かの、ジャスティンビーバーのMVは西岸辺りで撮影されたと聞いたこともあるが、これは真偽不明である。ま、人が少なく、氷山の浮かび方も似ているという点で、自分でもそうだろうなぁと思うけど。ただし、MVのヨークルスアウルロゥン氷河湖が出てくる最初のカットはメインの駐車場辺りで西側を向いて撮った映像のように見えるので、やはり、何とも言えない。
奥はブレイザメルクルヨークトル。
ヴェズラルダルスフィヨットルまで続く眺め。
ブレイザメルクルフィヤットルの山々。
右奥の人々は、川向こうのメイン駐車場側に。
撮影場所は覚えていない
氷河の先端には鳥の群れ。
日没直後の西側の岸辺の丘の上から。湖面への反射が美しかった。
日没はメイン駐車場前の岸辺で見届けた。その後、もう一度西岸へ戻った。メイン側では岸近くの氷塊に遮られて、湖面があまり見えなかったのだ。西岸なら開けた水面に夕空が映るのではないか。そう思って移動したのだが、大正解だった。
このヨークルスアウルロゥン氷河湖は、この前に訪れたスヴィナフェルスヨークトル氷河と同じく、巨大なヴァトナヨークトル氷河から流れ出す流出氷河であるブレイザメルクルヨークトル氷河 (Breiðamerkurjökull )の末端にある。この氷河が長い年月をかけて削った深い谷状の地形に、氷河の後退によって水が溜まり、氷河湖が形成されたものだ。氷河が削った地形は200~300mにも達する深さがあり、約25kmにわたって内陸へ続いているそうだ。現在も氷河末端ではカービング(calving)が続き、氷塊が次々と湖へ流れ出している。ヨークルスアウルロゥンは1930年代から形成が始まった比較的新しい氷河湖で、氷河の後退とともに現在も拡大を続けている。
「カービング」とは、氷河や氷床の末端から、大きな氷の塊が海や湖へと崩れ落ち、分離する現象のこと。「calve(動物が子を産む)」に由来している。カタカナだけ見ると、なんで曲がるんだろう?なんて思ってしまった。
広い湖面にカービングで崩落した氷が氷山のように湖面に浮いていて、特徴ある景観を作り出しているのである。
また、この氷河湖はヨークルスアゥ・アゥ・ブレイザメルクルサンドゥル(Jökulsá á Breiðamerkursandi)という約500mの短い川で海とつながっている。この川を通って海へ流れ出した氷塊が、波によって海岸に打ち上げられたものが、ダイヤモンドビーチの「ダイヤモンドアイス」と呼ばれている。川では潮汐によって海水が湖へ入り込むこともあり、ヨークルスアウルロゥン氷河湖は汽水性の環境となっている。魚も海から入り、それを追ってアザラシが湖に入ってくる。アザラシもときどき写真に写り込んでいる。
色々な特徴をもつ氷河湖で、自然の営みを感じさせられるところだ。
続けて、ダイヤモンドビーチ。ダイヤモンドビーチは、ヨークルスアウルロゥン氷河湖から海へ流れ出す短い川の、河口の両側に広がっている。西側の浜は、氷河湖のメイン駐車場から川にかかる吊り橋を渡ったところにある。氷河湖西岸から見れば、リングロードを渡った先ということになる。
対岸にも漂着した氷があるようだ。
このダイヤモンドビーチの写真は、8月に撮影したものだ。4月に訪れた時も何枚も撮ってはいる。が、氷塊が小さく、数も少なかった。黒い砂浜に手のひら大の氷が散らばっているといった様子だったのだ。8月は、天気は良くなかったがダイヤモンドアイスは見応えがあった。
撮影しているところを女房殿が撮ってくれたのだが、人間と比べると氷塊の大きさがわかる。かなり、大きいものまであるのだ。
撮った氷塊の写真を「Diamond Ice Collection」として、集めてみた。
Diamond Ice Collection
8月のツアーでは、ヨークルスアウルロゥンを後にしてホフン(Höfn)近郊のゲストハウスに宿泊した。サウジャネス ゲストハウス(Sauðanes Guesthouse)だと思うが、記録が残っていなくて、記憶だけで確定的に書くのははばかられる。(でも、たぶん・・・)
4月は、日没後午後8時半頃までヨークルスアウルロゥンにいて、それから暗い道をキルキュバイヤルクロイストゥルのホテルまでドライブした。100kmほど、1時間強の運転だったが濃厚な日の光景を思い浮かべていたので、そう長くは感じなかった。
ところで、4月は、ヨークルスアウルロゥンより東へは行かなかったので、この旅行記は、以降、暫くは8月の記述だけになる。
8月のリングロード一周ミニバスツアー第3日目は、ホフンのゲストハウスからスタートし、東海岸のフィヨルド地帯を北上した。どんよりとした曇り空の中、リングロードを海岸沿いに走る。右には海が見え隠れし、左側には水平な層を見せる山肌やその山肌に切れ込んだように落ちる滝などが続いていて、2時間ほどだったが飽きない景色を堪能できた。フィヨルドの奥に土砂などが堆積して浅くなっているところがあり、その中を割って造られたコーズウェイ(堤道)みたいなところを通るところがあったが、海の中道的な雰囲気で、少し不思議な感じがした。
次の3枚はバスの窓から撮ったもの。うまく撮れてはいないが、雰囲気は伝わると思う。
プレート境界上にあるアイスランドでも、東部地域は現在の活発な火山帯から離れており、古い玄武岩の地層が厚く積み重なっている。この大地にできた河川によるV字谷が、繰り返された氷期に氷河によって削られ、U字谷へと変わるなどして、現在の地形の原型が形成されたのだろう。氷河が後退した後、U字谷などに海水が入り込み、フィヨルドとなった場所もあるわけだ。古い玄武岩の地層が長い時間をかけて侵食されながら残った大地ということだろう。U字谷の崖に見える地層の帯など、ダイナミックな地球の活動の姿を目の当たりにしていると思うと、興味深い。
この日、最初のストップは、ブレイズダールスビーク(Breiðdalsvík)辺りの牧場で、アイスランドホースと戯れる時間を10分ほどもらえた。アイスランドホースは、以降も、また、4月のときも撮影する機会があったので、それらを集めて紹介したい。
時系列になってはいないが、この近くでトナカイ(hreindýr/Reindeer)を農場で見かけたり、ミョウエイリ(Mjóeyri)という70~80km北の村落ではアイスランドキツネ(Arctic Fox)を見せてもらった。人里に現れた子ギツネがその場所に居つき、飼い犬とも一緒に過ごしていたようだ。人に慣れているようで抱き上げる人もいた。
トナカイは、18世紀にノルウェーから「牧畜用」として導入されたものの、アイスランドでは家畜化されず、現在は東アイスランドだけに野生個体群が残っているそうだ。そのとき見かけた2頭も、野生のトナカイだったのだろう。実は、朝にも牧草地のようなところで1頭を見かけた。
東部地域で、人が自然の中で動物とともに生きている一面を見たような気がした。
この後、フィヨルド沿いの「ペトラの鉱石博物館」に立ち寄った。
ペトラ・スヴェインスドッティルという女性が、生涯をかけて東海岸を中心に山や海岸から集めた多くの石や鉱物が、かつての自宅と庭いっぱいに展示してある。ジャスパーや瑪瑙、石英、カルサイト、ゼオライトなど、火山地帯ならではの多彩な石が並んでいた。ツアーだからこそ訪れたが、一人旅なら決して立ち寄らないところだろう。こういう予想外のところを見ることができるのもツアーの面白いところである。
その後、鉱山跡に立ち寄った。「方解石などの欠片が見つかるかもしれない。持ち出せないけど。」などとガイドはいうが、採掘されなくなって長く経ち、狭いところでそんなことはあり得ないだろうと、突っ込みを入れたくなった。だがしかし、実際に岩肌にキラキラする小片が見える。とはいえ、どんな小片でも持ち出しは絶対禁止ということ。もっともだろう。
ヘルグスタディール鉱山(Helgustaðanáma)といって、世界的に知られた「氷州石(アイスランドスパー)」の採石場跡である。氷州石とは、極めて透明度が高い方解石(カルサイト)の結晶のことで、偏光など光の性質を研究するうえで重要な役割を果たし、顕微鏡をはじめとする光学機器にも利用されたという。なかなか重要な場所らしいが、その割には、何の防護もないし、見学者もいない――というのが感想。
自分にとっては、この鉱山跡の前から見えるフィヨルドの風景がとても印象深かった。レイザルフィヨルズル(Reyðarfjörður)という。
少し前、そのレイザルフィヨルズルに面し、エスキフィヨルズル(Eskifjörður)との間に突き出た岬、ホールマネス(Hólmanes)に立ち寄った。二つのフィヨルドが見渡せる場所で、すこぶる気持ちが良かった。この辺りから天候も回復し、青空が見え始めていた。ホールマボルギル(Hólmaborgir)と呼ばれるドーム状の岩山があり、シンボル的な印象がある。周囲の溶岩層の間に入り込んだマグマが固まった岩体だそうだ。
エスキフィヨルズル(Eskifjörður)の対岸には、フィヨルドと同じ名を持つ町エスキフィヨルズルがあり、クルーズ船が寄港しているのが見えた。調べてみると、フェニックス・ライゼン社(Phoenix Reisen)のアマデア号(MS Amadea)という船だった。この日は午前9時から午後5時まで8時間ほど停泊し、乗客はこの辺りのエクスカーションを楽しんでいたようだ。2026年現在の寄港時のエクスカーションを調べてみると、我々が訪れたペトラの鉱石博物館や、ここホールマネスを巡るコースもあるらしい。
これらの場所をまわった後は、海岸沿いのフィヨルド地帯を後に内陸部へ向かった。この画像は、レイザルフィヨルズルの最奥部でミニバスの中から撮ったものだ。天気が回復し、午前中に見てきた風景とは違う場所を見ているようだった。
内陸部を進んでいくと、水面が見えてくる。これは、ラーガルフリョウト(Lagarfljót)という氷河が削った谷に淡水が溜まった細長い湖である。湖といっても、南の氷河地帯から北の海まで140kmほど続く水系のうち、水が細長く広がったところ。川というか、フィヨルドというか――湖という感じはしない。川という方がしっくりくる。
このラーガルフリョウトの南端からさらに奥へ続くのが、フリョツダルル渓谷(Fljótsdalur)である。その谷へ流れ込む支流の一つが形成した滝が、これから向かうヘンギフォス(Hengifoss)だ。ラーガルフリョウトの東側を30kmほど南下し、橋を渡って西側へ回り込んだエリアにあった。
駐車場に到着し、ヘンギフォスがある川沿いに、緩やかに登るトレイルを歩き始めた。この川はヘンギフォスアゥ(Hengifossá)という。Hengifossがヘンギ滝で、áは川。なんや、ヘンギ滝があるからヘンギ滝川かよ。そのままじゃん。なお、Hengi は英語の hang に通じる語で、「垂れ下がる」といった意味らしい。撮ってきた滝の写真を見ると、「吊るされている滝」――なるほどねと思えるから面白い。
暫く歩くと、リトラネスフォス(Litlanesfoss)という滝と、後方にヘンギフォスが見えてくる。リトラネスフォスは落差30m程の滝そのものより、周囲の柱状節理が目を引く。まえに、スヴァルティフォスという滝を紹介したが、甲乙つけがたい柱状節理だ。どちらも溶岩が冷えてできた玄武岩の柱状節理である。ヘンギフォスアゥが深い峡谷を刻み、その断面に見事な柱状節理が露出している。足元には崩れ落ちた岩石や土砂が大量に堆積している。
更に進むと、大きく馬蹄形に削られた谷の奥にヘンギフォスが見えてくる。黒い岩壁から滝が落ちている。ガイドによると落差は128mで、アイスランドで3番目に高いそうだ。1番、2番の滝は見ていないから、これが自分の目で見た一番高い滝である。ちなみにスコウガフォスは60mくらいではるかに低いが、凄まじい水量なので圧倒的にでかく感じられる。このときはヘンギフォスの滝壺までは行けなかったが、近づくと馬蹄形の岩壁にある4段ほどの赤い層のラインが目立つ。粘土層らしい。そして足元の崩れた土砂の斜面が大きく広がっている。手前の川には土砂より流されにくいのであろう岩がゴロゴロと転がっている。この光景はなかなかの迫力で、印象深い。
できた水たまりを利用して撮ったリフレクション写真だけど、これをガイドに見せたら、早速同じ場所で、マネして撮ってすかさずフェイスブックに投稿していた。彼の方は iPhone だったのでインスタントにだが、うまく撮れていた。ま、少しはツアー会社の宣伝に貢献できたということか。
帰路では、往路で目に入らなかった景色が広がっていた。二つの滝以外にも流れ落ちている滝がある。名もなき滝なんだろうが、目を引かれた。上方の滝は、ヘンギフォスと同じように高い崖から落ちていて、トレイルのすぐ横でも小さな滝を作っている。川の水量などから大きく浸食後退していくことはないんじゃないかと思うけれど、地質学的時間の経過の後はどうなるかわからない。
ヘンギフォスアゥの下流の方を見ると、駐車場辺りでV字谷が途切れ、その先にはラーガルフリョウトへと続く平坦な土地が広がっている。川が運んだ土砂は、この辺りから拡散して堆積しているのだろう。このV字谷が途切れる様子も興味深い。南へ目を向けると、フリョツダルル渓谷が奥へと長く続いている。谷底にはラーガルフリョウト水系の流れが広がり、その周囲には緑の農地が延びている。なかなかの絶景だ。
ヘンギフォスを後にして、北へ向かいエジルスタッデル(Egilsstadir)という町を通り過ぎ郊外の宿へ向かった。この日の宿も、郊外のホステルで、現在のHotel Studlagilと思われるが記録がないので確定できない。翌日はまずデティフォス(Dettifoss)へ向かっているので、北部へ旅を続けることを考えて、この辺りが宿泊地に選ばれたのだろう。
濁流、激流、轟音 凄い!
駐車場から、10分ほど歩くと轟音のヌシが見えてくる。デティフォスだ。落差45m、幅100mほどもある巨大な滝である。しぶきも巻き上がって半端ない迫力だ。このしぶきの中で、レンズを付け替えて撮影したんだが、コンビニ袋が役に立った(笑)ガイドは、やめておいた方がいいとアドバイスしてくれたがやっぱり望遠で撮りたかった。最初の写真の左上に赤い点が見えるが人だ。サイズ感がわかるというもの。また、モノクロ写真じゃないのにこの白黒のコントラストが、迫力を伝えていると感じた。2枚目は再度レンズを付け直して広角サイドで撮ったもの。広さがわかるというものだ。
正面から少し戻って10分ほど北へ行くと、滝全体を見渡せる高い場所に出た。3枚目はそこからの一枚。先ほど間近に見た場所も見えている。
この後、岩だらけのトレイルを南下して、セルフォス(Selfoss)という滝を見に行った。 こちらも片道10分ほどのトレイルだが、岩が滑りやすく、平坦なのに歩きづらかったのを覚えている。
セルフォスはデティフォスの上流にあり、高さは10mほどで高くはないが、幅広く、いくつもの流れに分かれて優雅に流れ落ちている。すぐ近くなのにこの違いは面白い。
ところで、このデティフォスは、巨大氷河ヴァトナヨークトルから流れているヨークルスアゥ・ア・フィヨットルム(Jökulsá á Fjöllum)という川にある。氷河が削り出した細かな岩粉や大量の土砂を含んでいるため、水は灰褐色に濁っている。驚くことに、大量の土砂を含む水による浸食によって、滝は年間50cmほども後退しているとのこと。単純計算はできないだろうが、2~3000年もすればセルフォスと一体化してしまうのだろうか。そんな滝も見てみたいものだ。また、ここでも玄武岩の大地を川が削っており、岩壁には柱状節理の縦筋がはっきりと見える。
この旅行記を書くときに情報を集めていたら、デティフォスは映画『プロメテウス』のイントロに使われた滝だと知った。え、あのイントロ? と思い、冒頭部分を見直してみた。確かにデティフォスだとすぐわかる。滝そのものはほとんどそのままの姿で、VFXで作られた滝ではない。そして、宇宙人「エンジニア」が自らのDNAを滝に流し、それが地球上の生命、ひいては人類の起源につながるという話だったっけ……。それにしては、生命の起源は数十億年前という単位だし、デティフォスなんて1万年前にも今の姿ではなかったんだよなぁ?――などと考えたが、映画の中でここがデティフォスだと言っているわけではない。原始の地球を表す風景として使われているのだから、そんなことを考える方が野暮というものだ。そんな妄想を巡らせながら改めて写真を見ると、「生命の起源」の滝と言われてもおかしくない迫力があると思った。
この旅行記を書き始めたとき、アイスランドは何故こんな地形なのかと考え、いろいろ調べてみた。その結果、三つの要素があることを知った。
Þingvellir National Park公式ウェブサイトより
Wikipedia より
- 北アメリカプレートとユーラシアプレートの境界上にあること
- マントルプルーム(ホットスポット)の上にあること
- 北極圏に近い寒冷な気候であること
そして、プレート境界と火山帯は、図のように南北にのびている。
ツアー第3日は東部の活性火山帯から離れた旅をしてきたが、この日は、北部の活性火山帯のエリアを旅している。デティフォスでは、遠くヴァトナヨークトルから流れてきた氷河河川が、火山性の大地を削って大量の土砂を運んでいる。南の氷河地帯からここまで続く、水と火山の大きなつながりを感じた。
デティフォスを出て、862号線を南下し、リングロードに合流する辺りでは黒い荒野が広がっていたが、リングロードでは、時折、草原のような場所が見えた。黒い荒野は、南に広がる広大な溶岩原の北縁に近い辺りのようだ。後者は、お花畑のような光景だが、黄色いのが花なのか、低い植生が色づいているのかはよくわからない。このような車窓の変化を楽しみながら西へ向かった。
リングロードに戻って西へ30分も走った頃、左前方に赤茶けた山と立ち上る白い蒸気が見えてきた。いかにも地熱地帯という光景だった。
リングロードを左に入るとすぐに駐車場があり、近くに展望デッキが設置されていた。ここから、ナゥマフィヤットル山(Námafjall)とその麓に広がるクヴェーリル(Hverir)という地熱地帯が一望できる。箱根大涌谷を小さくしたような感じだった。大涌谷も約3000年前の火山活動でできた地熱地帯だが、こちらは噴気も泥の沸き方も比較的おとなしく見える。規模の違いなのか、地熱活動の違いなのかはわからないが、類似した光景なのは確か。
すぐ前には、池があり、灰色の泥がボコボコと泡立っている。地下深くの熱によって熱せられた地下水や蒸気が、火山性ガスとともに地表へ噴き出しているのだ。展望デッキに解説板が掲示されている。ボコボコで、別府の地獄や、イエローストーンのマッドボルケーノを思い出すがここのはおとなしいようだ。
ロープとちょっとした舗装でトレイルが設置されていたので、少し南の方へ行ってみたが、山の上にまで行かないと違った光景は見られないようなので、すぐに引き返した。
こんな感じで15分くらい滞在した。日本人の我々にとってはかなり見慣れた光景であるが、火山が少ない国や地域から来た人たちには驚きの地獄のような光景に見えるのかもしれないなどと思って、終了。
次に立ち寄ったのは、クラプラと言うところにあるヴィーティ火口湖。ヴィーティ(Víti)とはアイスランド語で「地獄」という意味らしい。「火口」と思っていたが、調べて見ると違う。なんか、別府の地獄とか地獄谷とか、こういう荒々しい地熱の光景を「地獄」と呼びたくなる感覚は、日本と共通なのかもしれない。
ここは1724年に起きた大きな爆発で形成された、直径約300mの爆裂火口。その後、泥が100年以上沸騰していたらしい。Víti=「地獄」という名前にも納得である。
しかし、水の色はターコイズブルーというか緑青色というか、地獄のイメージとはかけ離れている。なお、この色は水に含まれる溶存鉱物やシリカなどの微粒子によるものだろうと推測している。(きちんと調べてはいないのであしからず。)
標高520mほどのクラプラヴィーティの駐車場からリングロードへ降りて来て、ミーヴァトン湖(Mývatn)にぶつかった辺りでランチとなった。
ミーヴァトン湖は、ここまで見てきた光景と雰囲気が違う感じがした。しかし、この湖は、約3,800年前に南東約25kmにある楯状火山から流れ出た大量の溶岩が、盆地を流れていた川をせき止めて作られたもの。この時の溶岩は更に北西に進み、北の海の近くまで達したらしい。さらに約2,300年前には、クヴェルフィヤットルの南に延びる約12kmの割れ目から大量の溶岩が流れ出し、古い湖の一部を埋めて現在の複雑な形へと変わったそうだ。まさに火山地帯ならではの地形である。ときに、数千年と言えば人類の歴史の範疇で、地質的歴史では現代と言ってもいいだろう。
また、この湖は平均水深が2.5mほどと非常に浅い。また、流れ込む大きな川がなく、湧水で満たされているそうだ。
なお、MývatnとはMýのvatn、つまり「ユスリカの湖」という意味らしい。ユスリカは蚊によく似たハエの仲間だが、人を刺すことはなく、蚊柱のような大群をつくることがある。我々は絡まれなくて済んだのだが。
それにしても、火山地帯とは思えない静かな光景だった。
ランチの後、リングロードを離れ、848号線を3kmほど南下してクヴェルフィヤットルに立ち寄った。
クヴェルフィヤットル(Hverfjall / Hverfell)
近づくと黒い山が見えてくる。すり鉢のようになっているような様子が見て取れる。
駐車場から、歩く。斜めにつけられた斜面を150mほど登る。距離的には600mほどあり、ガイドには、「10分もあれば登れるさ」と請け負われたが、軟弱者は20分近くかかった。上に着く直前、「ゆっくり降りて来ていいからね」と言って、ガイドは他のメンバーとともに先に降りてしまった。薄情な奴らだ。 (^-^;
息を整えて、見渡すと内側はまさに、すり鉢というか、上に向けたスピーカーコーンというか、なかなかインパクトのある景色だ。西側を見るとミーヴァトン湖を見渡せる。北側には、立ち上る水蒸気が幾筋か見える。地熱発電所らしき施設も見えている。
降りてくると、クレーターの斜面のすぐそばに池があり、水面が鏡になっているのがわかったので、バスを停めてもらい、ちょっとだけ撮影してみた。自分につられてか、一人のおばさまが降りて来て同じようなアングルで撮ってた。ま、面白いアングルだと思う。
ところで、このクレーターは約2,500年前のマグマ水蒸気噴火によってできたものだという。地下から上昇してきたマグマが、この一帯の豊富な地下水と接触して激しい爆発を起こし、細かく砕かれた火山灰や砂礫が火口の周囲に降り積もって、このような綺麗な形になったのである。その約200年後、今度はこの山の南側に延びる割れ目から大量の溶岩が流れ出し、古いミーヴァトン湖の一部を埋めて現在の湖の形をつくったらしい。先ほどの湖の説明につながるわけだ。
ちなみに、1960年代にはアポロ計画の宇宙飛行士たちがアイスランドを訪れ、月面での岩石のサンプリングなどに備えた地質訓練を行っている。持ち帰られた「月の石」を思いだす。ニールアームストロング船長もミーヴァトン近くなどを訪れたそうだ。この地球離れした景色を見ていると、訓練場所に選ばれたのもわかる気がする。
いろいろなところで、ここクヴェルフィヤットルで訓練が行われたという情報を見かける。また、そのように思わせる誘導的な画像が使われていることもある。しかし、調べた限りでは、クヴェルフィヤットルそのもので訓練が行われたという確かな記録は確認できなかった。現地の岩の状況からしても、観光地であることからしても、ここで訓練したという情報は正しくないと思う。
この後は、848号線でミーヴァトン湖を迂回して西行きのリングロードに戻った。
最初の写真は、クヴェルフィヤットルへの脇道が848号線に合流する交差点だが、クヴェルフィヤットルの西側からの姿が見える。周囲には溶岩原が広がり、ディムボルギル(Dimmuborgir)への案内板も写っている。ディムボルギルは、溶岩柱などの奇岩がゴロゴロしている場所で、遊歩道が設けられているそうだが、我々は立ち寄らなかった。この辺りは、火山活動によってできた地形の中を走っていることがよくわかる。正面奥の山は、Lúdent(ルーデント)で、クヴェルフィヤットルなどより古い時代に、クヴェルフィヤットルと同じようにマグマ水蒸気噴火でできたクレーターだそうだ。
少し進んだところでは、左側に、右側にあるミーヴァトン湖とは繋がっていないように見える池があった。調べてみると、やはり湧水によって水が蓄えられ、ミーヴァトン湖へオーバーフローしているらしい。また、溶岩柱のような岩塊も見られた。すべて、火山活動と溶岩によって作られた景色なのである。
それから、草に覆われた砂礫の平原のようなところを進んでいると、行く手を遮るような山が連なっていて、一ヶ所切れ間のように山が途絶えているところが見えてくる。その隙間を目指すようだった。30分ほど走ると、隙間に入る手前でゴーザフォスに立ち寄った。
リングロード脇の駐車場から少し歩くとすぐに滝が見えてくる。遊歩道があり、滝のすぐ上の辺りまで行ける。しかし、時間の関係から、そこまでは行かず手前の方で撮影するだけだった。
Google Maps でみると、現在の駐車場を含む設備が一新されたようだ。ほとんど、何もなく場末的なところだったという記憶なのだが。今なら、あの展望台からもよい写真が撮れるかもしれない。
スキャゥルファンダフリョゥト川(Skjálfandafljót)にある。高さは場所によって9~17m、幅は30mほどらしい。なかなか壮観ではあるが、デティフォスを見た後なので比較的小さく感じた。ごめんなさい。
この川は中央高地から流れてくる長い川で、溶岩台地を削りながら北へ流れている。平坦な大地を流れてきた川が、ここで突然段差を落ちる。これまで見てきた滝と同じように、硬さの異なる地層と川の浸食が関係しているのだろう。
駐車場にはゴーザフォスの名前の由来が説明してあるのだが、これが完全な史実ではないらしいところが面白い。西暦1000年頃、アルシング(シンクヴェトリルで行われる全島会議)で公式宗教をキリスト教とすることが決められた。そのとき、この近郊に住む首長で、アルシングの法の宣告者でもあった人物が、それまで信仰していた神々の像をこの滝に投げ入れたことから、それ以来、Goða≓God、「神の滝」=Goðafossと呼ばれるようになったという物語である。ところが、この「神像を滝へ投げ入れた」という話は当時の記録にはなく、文献に現れるのはずっと後の19世紀になってからだそうだ。つまり「1000年前に実際に起きた出来事」というより、後世に生まれた伝説らしい。そう知ると、駐車場の説明板もまた面白く見えてくる。
ゴーザフォスの滝を出発したときは、すでに午後4時半をまわっていて、この日の訪問地では最後だった。
ゴーザフォスを出ると少し前から見えていた山の間の谷間の方へ向かう。谷間には峠があるが、これも越え1時間くらい走ると海が見える。エイヤフィヨルズル(Eyjafjörður)というフィヨルドだそうだ。東岸から湾の奥に南下してくるとフィヨルドの浅瀬を横切るコーズウェイがあり、これを渡る。最初の写真はこのコーズウェイを走るミニバスの車窓から撮ったもの。コーズウェイを渡ると北部の中心都市アークレイリ(Akureyri)があるが、通り抜けただけだった。
ひたすら西へ向かった。先ほどのエイヤフィヨルズルと西側のスカーガフィヨルズル(Skagafjörður)との間の谷を走る。山岳地帯が広がり、高い山々の谷間には小さな氷河がいくつも残っている。ときどき車窓から写真を撮っていたが、2枚目はその中の一枚。
2時間半くらい走ったところで停車してもらった。理由は、この3枚目の風景。西の地平線に広がる雲海を夕陽が黄金色に染めていた。後日調べて見るとヴァトンスカルズ(Vatnsskarð)峠あたりだったと思われる。
峠を越えると、峠から雲海に見えたが、実は霧が立ちこめる天候だった。その中で、見えた教会はぽつんと暖かい光をともしていた。ブロンデュオス教会(Blönduóskirkja)というそうで1993年に建てられたらしい。そう古いものではない。
そのあとは、もう地で行く五里霧中。すでに午後9時半過ぎなのに...と思っていた。まぁ、天候だから文句は言えない。
ツアー第4日目は、またも見所が多い日だった。
ツアー第5日からは西部をまわった。まず、訪れたのはフヴィートセルクール(Hvítserkur)の奇岩。
豆粒のような人影が自分
バスから降りて、海岸の方へ歩いて行くと奇岩が見えてくる。展望スポットは小川が海に落ちる滝の上にあり、隙間から見える感じも悪くない。しかし、ここの写真は旅行計画中に見ていて、自分も浜辺レベルから撮ってみようと思っていたところ。満を持して、崖道を降りていった。事前に見た写真は鏡面のような海にレフレクションがあるものだったが、この日は、波があり、雨も降っていたので鏡面とはいかなかった。そこで、シャッタースピードを1秒くらいのスローに設定して撮ってみた。幻想的で自己満足の一枚になり、それなりに満足だった。
ここは、ヴァトンスネース(Vatnsnes)半島の東岸にあり、リングロードからは25kmくらい離れているのに、わざわざ立ち寄ってもらえたのは嬉しかった。
ちなみに、この奇岩は黒い玄武岩からなる高さ15mほどの海蝕柱で、長い年月にわたって波に削られ、現在のような奇妙な形になったそうだ。
海蝕による倒壊が心配され、1950年代には地元で保存運動が行われ、その後、根元がコンクリートで補強されたそうだ。自然が作った奇岩だが、現在まで残っているのには人の手も少し加わっているのである。
ちょっと面白い事実だ。
次に立ち寄ったのは、コルフォサル(Kolufossar)の滝。ヴィーザダルスアゥ川(Víðidalsá)が大地を浸食してできた深い峡谷に流れ落ちる滝である。実は、コルフォサルとは一つの滝の名前ではなく、ここに流れ落ちる滝の総称だそうだ。
この滝は、リングロードから南へ6kmほど入った所にある。駐車場から歩くと橋があり、この上からが一番よいアングルだと思う。20分ほど歩き回って終了だった。
2018年に展望台が設置されたそうだ。一番良いアングルは変わったかもしれない。(笑)
この後は、ランチをとり、このツアーでは珍しく別のツアーに参加した。
参加したツアーとは、ごっついタイヤの雪上バスに乗っていく氷河ツアー。さすがにミニバスでは氷河の上は走れないのである。(実はキャタピラの雪上車に乗るのかと思っていた。)
このツアーは、ラングヨークトル氷河(Langjökull)の内部につくられたトンネルを探索するアトラクション(?)だ。元々は軍用車両だった8輪駆動の特製モンスターマシントラックで、ベースキャンプからダートや氷上を進んで、5.6kmほど先の氷河上の入り口まで運んでもらい、人工トンネルの中を一周するというもの。ちょっとアレなツアーではあるが、トンネルの途中では天然のクレバスと交差する部分もあり、氷河内部の割れ目をのぞくことができた。そして、何よりも氷河上の景色が良かった。
少し茶色のところもあったが、基本的に眩しい白さだった。虹が見えたのも加点ポイントだった。この写真はモンスターマシントラック上から撮影したので、窓のガラスを通しての画像だ。外で撮れればよかったのだけど、仕方なし。
この写真は、モンスターマシントラックに乗り換えた駐車場から撮った一枚。氷河の麓では、融水が幾筋もの滝となって落ちていた。岩の間から染み出した水がそのまま滝になっているようにも見える。ところが、近くを流れる川は小川のようなもので、とてもこの水がすべて流れているようには思えなかった。火山岩の隙間から地下へ浸透しているのだろうか。
いかにも観光客――をした2時間半ほどの氷河ツアーが終了となった。振り返ると、この旅では唯一のアトラクションだった。
この後は、フラウンフォッサル(Hraunfossar)へ立ち寄った。
ラングヨークトル氷河を離れ、30分ほど進むと右側に駐車場があり、「Hraunfossar & Barnafoss」という案内板があり、フラウンフォッサルとバルナフォスという二つの滝について説明されていた。
フラウンフォッサル(Hraunfossar)の滝については、「ハトルムンダーフロイン(Hallmundarhraun)という溶岩台地の端から湧き出る、無数の澄んだ湧き水から成り立っており、クヴィータ(Hvítá)川へと流れ込んでいる。ハトルムンダーフロインは枕状溶岩で構成されており、アイスランドで最初に定住者が記録される直前の西暦800年頃に形成されたと考えられている。その名は、グレティルのサガ(Grettis saga)の中でこの地域に住んでいたとされる「ハトルムンドゥル(Hallmundur)」にちなんで名付けられた。地表の水や氷河からの融け水が溶岩の層の間を流れ、それが湧き出ることでフラウンフォッサルの滝が形成されています。滝の幅は約1kmに及び、一年中、岩やシラカバの低木の間を通ってクヴィータ川へと流れ落ちている。」だそうだ。これまで見てきたアイスランドの滝とは様子が違っていたのもわかる。また、一方、クヴィータ川の平均流量は毎秒80立方メートルで、洪水時には毎秒500立方メートルに達することもあり、そんな時には狭い水路からあふれ、周辺一帯に洪水をもたらすそうだ。
ところで、この前に訪れたラングヨークトル氷河のところで、「火山岩の隙間から地下へ浸透しているのだろうか」と書いた。実はここへの伏線のつもりだった。そして、この案内板には「地表水や氷河からの融水が溶岩層の間を流れ、それが湧き出してフラウンフォッサルを形成している」と書かれている。 おお、綺麗に伏線回収――と思ったのだが、先ほど見た水がここまで流れてきているという意味ではないだろう。(笑) それでも、氷河の融水が火山岩の中へ浸透し、別の場所で再び地表へ現れるという仕組みを、続けて見ることができたのは面白い。
道が狭くて、なんか人も行かないようだったので、バルナフォス(Barnafoss)の方には行かなかった。Google Mapsで見ると、現在は周辺施設や遊歩道がかなり整備されている。我々が訪れた翌年の2017年にも、歩道や階段、排水設備、車椅子でのアクセス、柵などの整備が行われ、その後も段階的に改修されてきたようだ。今のように整備されていれば、バルナフォスまで見に行ったのだろうが。
この滝で、この日の見所は終了し、宿へ向かった。しかし、撮った写真から考えてみると、宿へ直行せず、50号線を南へ走ってボルガルネース(Borgarnes)へ向かったようだ。切り立った山々と広い農地が交互に現れる景色の中を走り、最後にボルガルフィヨルズル(Borgarfjörður)というフィヨルドを長い橋で渡って町へ入った。記録も記憶もないが、おそらく夕食をとりに行ったのだろう。
宿に着くと、夕陽で空が焼けていた。落ち着いてから外に出てみると、宿の西側には川が流れていた。岸辺まで散歩していくと、まさに夕陽が沈むところだった。すぐれない天気続きで、ツアー第5日にしてやっと夕陽を楽しめたのだ。そしてツアー第6日からは天気に恵まれてくれることを願った。
翌朝、起きてみると、今度は東側が素敵な朝景だった。朝靄がかかり、なんとも言えない雰囲気。30分ほど散歩していたが、ツアーじゃなければもっとゆっくりしていただろう。
このときの宿は「Hvítá Guesthouse」というシンプルなホステルだったが、現在は「The Hvítá Inn by Ourhotels」となっていて、改装、増築され、食事もできる宿になっているようだ。
ツアー第6日は、スナイフェルスネス半島(Snæfellsnes)を巡り、海岸の風景を楽しんだ。
この日は、まず、宿をでて約2時間かけてスナイフェルスネス半島南岸の先端近くまで行った。
最初の訪問地は、アルナルスタピ海岸と言った。玄武岩の断崖や海蝕洞、奇岩が連なっている。
バスを降りると、海岸の方へまっすぐ進むと、途中にバルドゥル・スナイフェルスアース(Bárður Snæfellsás)の像という石積みがあった。アイスランドの伝説に登場する半人半巨人らしい。あまり、伝説には興味がなかったので遊んでみただけだった。
岬になっているところに出ると、北東側と南側の海岸線が展望できる。1枚目は北東側。柱状節理の岩壁が目の前にある。上部の大地が平らなのも印象的だ。左上に3人ほどの観光客がいるのがわかるだろうか。針の先くらいに見えてこの景観の壮大さがわかるというものだ。2枚目は、南側、大地に切れ込みができていること、手前には岩壁に窪みがあることなどから浸食の強さが感じられる。3枚目は、2枚目の写真に写っていた黒い砂浜と打ち寄せる波をズームして撮ったアングルである。
黒いビーチと白い波が、あまりにも印象的だったので、何枚も撮ってみた。興味がある人はあまりいないだろうが、こんな印象だった――ということで掲載しておく。
ガトクレットゥル(Gatklettur)
岬から戻り、北の方へ少し歩くと印象的な奇岩が目に入ってくる。
一番印象的なのはこれ。
ガトクレットゥルという奇岩のアーチ部分である。この写真だけでは形がわからないが、全体像は下の最初の写真で見て取れる。かなり大きな海蝕アーチである。2枚目は北側から見たもの。うしろは最初の写真を撮った展望台が、見えている。海蝕アーチは、この辺りの海岸では幾つも見られるそうだ。
右側に灯台があった。
ガトクレットゥルを見た後、更に北に歩いた。帽子のような岩などがある辺りも印象的だった。どうしてこんな形に削られたのだろう。周囲の岩壁は下の方が大きく浸食されているのに、この岩は上に帽子を載せたような形で残っている。面白い。引き続き、ぐっと入り込んだ入り江などを見ながらアルナルスタピ港の駐車場まで歩いた。ツアーバスは、崖の駐車場から、港の駐車場まで移動してきてくれたのである。確かに戻るよりずっと効率が良い。
山側をみると、この地域のシンボルのようなスタパフェットル(Stapafell)という山。右奥にはスナイフェルスヨークトル(Snæfellsjökull)が見えている。そして、北側にはアルナルスタピ港が見えていた。湾内は穏やかで、時間があるなら写真を撮りに行きたい感じだった。だが、ツアー。やむなし。
ここでは、30分くらい歩き回って次に移動した。
20分ほどで着いたのは、デューパロゥンサンドゥルという海岸だった。
駐車場側から溶岩地形を抜けて海岸へ出る。この道にはナウタスティーグル(Nautastígur)という名前がついている。直訳すると「牛の小径」(naut=牛、stígur=道・小径)ということらしい。トレイルに古い名前が残っているのは、珍しいと思う。
ここの海岸には、漁師が力試しに使った石があったり、難破船の破片が散らばっていたりすると説明されていたが、興味が湧かなかった。それよりも奇岩が印象深かった。
駐車場の案内板が見えているのは愛嬌
この海岸は15分程度しか滞在していない。ムキムキな人がいないツアーグループだったので、誰も「力試しの石」を試さなかったので早く切り上げられたのかもしれない。憶測だが。
この後は、スナイフェルスネス半島の北岸へ移動していった。
次に行ったのは、ホエールウォッチングのクルーズ。オラフスヴィーク(Ólafsvík)の港からでて、スナイフェルスネス半島の北側に広がるブレイザフィヨルズル(Breiðafjörður)へ出た。名前はフィヨルドだが、実際には大きな湾である。このツアーは外部ツアーでラキツアー(Láki Tours)という会社が運営していた。事前説明や案内板によると、この海域ではミンククジラ、ザトウクジラ、ゴンドウクジラ、ハナジロカマイルカなど、いろいろな鯨類を見ることができるらしい。
しかし、実際に見ることができたのはザトウクジラ(Humpback Whale)らしき一頭だけだった。うまく判別できないが、船内アナウンスで言っていたのでそうなのだろう。一頭だけというのは少しさびしかったが、水族館ではないので致し方ない。
代わりと言ってはなんだが、パフィンが一羽漂っていた。パフィンというと群れているイメージがあったので、一羽だけというのも妙に目を引いた。
クルーズボートはこんな感じだった。下船時だがみんな下を向いて降りて来ている。がっかりだったのかなぁと思わせる感じ。ま、実際は安全のため下を見ながら降りているのだろうが。
ここの写真は、定番のこのアングルしかないだろう。この旅行記の冒頭に掲載した写真だ。
以下の最初の写真は、滝の下流にある池がもう少し鏡になっているかと思って撮ったけれど、揺れていたという残念写真。2枚目は、滝の下流側と、その先に広がるフィヨルド。この位置から見て結構鏡みたいだと思ったのだった。3枚目は、先ほどのホエールウォッチングの船の上から見た光景。やはり、角度が違うと見え方も違う。
このキルキュフェットル山は、アイスランド語の「Kirkju+fell」=「教会+山」=「Church Mountain」というネーミングだ。ここの駐車場に着いたとき、ガイドが「Let's go to the Church!」と言ったのを受けてグループのご婦人が「何処に教会があるの? 礼拝したいわ」と言った。すかさず、ガイドは「この山がChurchですよ。」と笑って説明していた。横で聞いていて、自分も微笑んでしまった。これまで、ガイドが地名を英語で言ったことはほとんどなく、確信犯だとわかったからである。この名称は、山の形が教会や教会の塔を思わせることからつけられたそうだ。最近では「アローヘッド・マウンテン(the mountain like an arrowhead)」として知っている人も多いかもしれない。ドラマの「ゲーム・オブ・スローンズ」でロケ地として使われたからだ。ちなみに、このドラマは見ていないが、原作の「氷と炎の歌(A Song of Ice and Fire)」を愛読していたので、雰囲気はわかる。この小説は完結していず、生きているうちに読めるのだろうかと、期待と不安が入り交じっている。
なお、この山は火山活動によって積み重なった地層が、氷河による浸食を受け、周囲を削られて現在のような独立峰になったものだそうだ。ということで、ここも、火山がつくった大地を氷河が削った、いかにもアイスランドらしい地形なのである。
ここで、将来オーロラをバックに撮影したいと願いながら、後にした。
キルキュフェットルを出るとき既に午後7時をまわっていた。しかし、この旅は続いた。次に立ち寄ったのは、ビャルナルホフン(Bjarnarhofn)のサメ博物館だった。地元の強い蒸留酒とともにアイスランドの伝統的なサメ食材を試食するというところだったが、いかんせん自分は酒を飲むことができない。呑みたいのに呑むのを見ているだけというのは煉獄というもの。ずっと、何もない外で待っていた。
その後もう一ヶ所立ち寄った。セルヴァラヴァトン展望所(Selvallavatn View Point)というところだ。ここに着くと、午後8時。夕景の時間となっていた。ここに立ち寄ってくれたのは、すぐのところにセルヴァラフォス(Selvallafoss)という滝が見られることもあるが、夕景が綺麗だからなのだろうと思ったりした。
ものの20分くらいしかいなかったが、その間にずいぶんと暗くなった。日没までは、まだ、1時間くらいあるけれど、ちょうど山間なのではやいのだろう。
この夕景ポイントを出て、この日の宿に向かった。その途中はずっと夕景を楽しんだ。下の写真は、アクラネース(Akranes)の半島からレイキャヴィクへ向かうリングロードにあるトンネルをでてすぐの辺り。夕焼けの中、右側にアクラネズの先端が真っ黒なシルエットで浮かんでいる。2枚目は、最も夕焼けが綺麗だと思った頃の一枚。山や海とともに写っているわけではないが、レイキャヴィク郊外の街路樹がアクセントになっている。
3枚目は、海を背景にしての最後の輝きだった。既に日没時間は過ぎ、午後10時半頃だった。そして程なく宿に着いた。着いた頃には真っ暗で周囲の状況もわからないくらいだった。
翌朝、ツアー最後の日と思い、興奮していたのか、5時半頃に目が覚めた。外を見ると薄明るくなっていたので朝景を撮影することにした。
日の出だ。早起きはなんとやらで気持ち良い撮影だった。で、この旅行記を整理していて思ったのは、ここはどこだろう。この日は レイキャヴィクの近くに泊まると聞いていたんだけど。
日の出の方向から少し、北寄りを撮った写真を見てみると特徴的な建物が写っている。調べてみると、イートリ・ニャルズヴィークル教会(Ytri-Njarðvíkurkirkja)ということがわかった。そして海はファクサフロゥイ湾(Faxaflói)であり、その向こうに見えている特徴的な山並みは、レイキャヴィクからも見たエスヤ(Esja)の山々だろう。となると、日の出の背後に見えているのは、アクラネース方面の山だろうか。
ということで、この日泊まっていたのは、空港のあるケプラヴィーク(Keflavík)あるいは、その隣のニャルズヴィーク(Njarðvík)だったということになる。宿の名前までは、特定できなかった。旅の10年後までレイキャヴィクに泊まったと思い込んでいたとは・・・
この日は、そのケプラヴィークも含まれるレイキャネス半島(Reykjanes)の先端部をまわった。
Wikipedia より
リマインダーとして、この図を見てもらいたい。レイキャネス半島一帯は火山活動の活発な地域である。最初の頃の説明にも書いたが、近年はブルーラグーンからほど近いスンドヌークル火口列(Sundhnúksgígar)周辺で、地割れ噴火が断続的に繰り返されている。2025年7月にも再び噴火し、大量の溶岩が流出した。ここは、そんな地域なのである。
噴火した地域などは、visitreykjanes.isのサイトに紹介されている。また、必要に応じてアップデートされている。
この日、最初に訪れたのは、そのブルーラグーンだった。
アイスランドの観光案内などには、必ずといっていいほど登場するブルーラグーン。湯気の立ち上る青白い湖と大きな施設があり、人々が水着で温水浴を楽しんでいる、というイメージそのままの場所である。確かに多くの人々が訪れていて活気がある。しかしながら、私たちは入浴しなかった。実は4月も入浴しなかった。なんか入ろうという気がしなかったのである。ツアーのメンバーは何人か入っていたようだ。その間、周囲を散策しながら撮影していた。2枚目は、4月に撮影した写真だが、周囲の景観がわかる。溶岩によって作られた台地、そして苔。このアイスランドでは見慣れた景観の構成要素だ。そして、3枚目の写真は、4月に426号線から、発電所方向を撮った一枚。なんか、ブルーラグーンより強い印象が残っている。
ブルーラグーンは、温泉が自然に湧き出してできた広い湖――と思っていたら、ちょっと違う。隣接するスヴァルスエインギ地熱発電所(Orkuver í Svartsengi)では、地下深くから高温の地熱水を汲み上げて利用している。1970年代、その利用後の地熱水を溶岩原へ排出したところ、本来なら地下へ浸透するはずの水が溜まり始めた。地熱水に大量に含まれるシリカが溶岩の隙間を塞いだためで、それが現在のブルーラグーンの始まりだったそうだ。つまり、ここに自然の温泉湖があって、それを発電所からの温水が温めているのではない。そもそもラグーン自体が、地熱発電所から排出された地熱水によって生まれたのである。その水は、地下約2,000mで海水と淡水が混ざり、地熱によって熱せられた天然の地熱水だ。白い泥状に見えるものも、その水に含まれるシリカが析出したものだ。天然なのか人工なのかといえば、なんとも微妙なところである。これも、「温泉だ、入ってみよう」という気がしなかった理由の一つなのかもしれない。他人事のようだが。
先ほども書いたが、この辺りでは近年、噴火と溶岩流出が繰り返され、道路の閉鎖や防護堤の建設など、大きな影響が出ている。次に行ったら、周囲の景観さえ変わっているかもしれない。
入浴したメンバーもバスに帰ってきたら、半島の南端へ向かって進んだ。
半島の最西端の辺りについて最初に立ち寄ったのは、ヴァラフヌーカモル(Valahnúkamöl)という海岸。海に面して、丸くなった大きな礫が高さ10mほどにも積み重なっている。大西洋の強い波によって岩が削られ、運ばれ、これだけの礫が積み上がったらしい。隣にあるヴァラフヌークル(Valahnúkur)の方を見ると、高い海食崖ができ、その沖には海食によって取り残された岩塔もある。同じ波が、一方では崖を削り、一方では削り取った岩を丸めて積み上げているのだろうか、などと思う。
最初の、ヴァラフヌーカモルを見上げた写真だが、左上にペンギンの頭のようなものが写っている。これは、19世紀に絶滅した オオウミガラス (Pinguinus impennis)の銅像だ。北大西洋に生息していた大型の飛べない海鳥で、実は、「ペンギン」という呼び名は、もともとこの鳥に使われていたそうだ。
知り合いの写真家がアルプスで撮った針峰上の登山者の写真を思い出して撮ってもらったが、足がすくんでいるようで格好わるい (^-^*) そんなに高くない岩の上だがアングルをうまく使って相当高い尖峰に颯爽と立っているように見えるはずだったんだが...
駐車場に戻ると、ツアーももうすぐ終わるということで、みんなで撮影。アメリカ人家族、中国人女性の一人旅、我々夫婦+スペイン人ガイド、ポーランド人ドライバーという総勢8人だ。メルセデスのミニバンのNicetravel.is のマークも入っている。ちゃんと記念になった。
8月の旅の最後に訪れたのは、ヴァラフヌーカモルから5分ほどの地獄だった。
グンヌフヴェル(Gunnuhver)という地熱地帯で、轟音とともに凄まじい勢いで蒸気を吹き上げている場所の近くまで木製のボードウォークが設置してある。蒸気は、直径20mほどの泥泉(Mud pool)から出ているらしいが、蒸気で見えない。
1番目の写真の背景に見えるのは、レイキャネス地熱発電所(Reykjanesvirkjun)。地下約2,700mの深さから、290℃〜320℃という高温の地熱流体を汲み上げて発電に利用しているそうだ。また、 発電後の蒸気を冷却するために、毎秒約4,000リットルもの海水冷却システムを導入しているらしい。海水を利用しての冷却というと、福島第一原子力発電所水素爆発のとき海水冷却ができなかったという話を思い出すが、ここでの冷却は方法が違うだろう。システムでの冷却のはず。関係ない話だけど...
リングロード一周ツアーは、これからレイキャヴィクへ戻って終了することになっている。しかし、我々はケプラヴィーク空港近くのホテルに泊まることにしていたので、通り道になる。ガイドが、それじゃぁ空港でドロップするよと言って送ってくれた。最後まで、お世話になったものだ。楽しい思い出を刻んでくれて本当に感謝しかない。ありがとう。
4月の一人旅の時のルートマップを作成してみた。①~⑤は宿泊地である。②のフルディール(Fludir)から赤い × 印まで行ったところと、⑤のセルフォス(Selfoss)からブルーラグーン前までが、8月のツアーでは組み込まれていなかったルートだ。このルートで見た光景で強く印象に残ったところをピックアップして追加した。
ツアーでもふれあう機会があったが、4月の旅では見かけては車を降りて何度も撮影した。
3枚目は、フルディールにつく前の光景。牧草地の小高い丘になったところにいた。シルエットになって雰囲気があった。
フルディールの宿では、夕方着いて夕暮れを楽しみ、早朝に起きて夜明けを楽しむことができた。宿は、Icelandair Hotel Fludirといったが、現在は The Hill Hotel At Flúðir となっているようだ。
1枚目は、ホテル前の車寄せから眺めた夕暮れ。2枚目は、翌朝の川岸である。道路を渡って川岸に出られるところがあったので分け入ってみた。赤く染まる土手、丸い石がゴロゴロしている岸辺、部分的に凍っていてきらめく水面。まさに、凛とした朝だった。
フルディールを出た後、32号線から26号線に入り北東へ進み、208号線との分岐から南下。色彩豊かな山など景勝地の多いフィヤトラバク(Fjallabak)の高地を抜け、キルキュバイヤルクロイストゥルの西でリングロードに戻る予定だった。色彩豊かな山は、計画時からぜひ見たいと思っていて、初日にキャンセルになったヘリツアーに参加しようとしていたのも、その景観を見るためだった。
走り出して暫くすると、朝日に染まったへクラ山(Hekla)が見えてきた。この時点で7時半頃だが、この日は長距離を移動すると思って早く出たのがよかったみたいだ。名前はHellを思わせるが、語源的にはまったく関係ない。ところが皮肉なことに、中世ヨーロッパでは「地獄への入口」と恐れられていたらしい。
この32号線沿いには、いろいろ撮りたい場所があった。
並行するショゥルスアゥ川(Þjórsá)は、広い河床に幾筋もの流れがあり、いかにも大洪水を引き起こしそうな雰囲気だった。中には、凍っている流れもあり、4月と言っても、まだ、春にはほど遠いようだった。
3枚目の芝土で覆われた長い建物群の写真はなんだろうと思って撮っておいた一枚だ。後で調べてみると、1104年のヘクラ山噴火で火山灰に埋もれたストゥング(Stöng)の農場をモデルに復元した、「共和国時代の農場(Þjóðveldisbærinn)」らしい。少し前に見た美しい山が噴火したのだとは、改めてアイスランドは火山活動が活発だなと実感する。博物館のようになっているらしいが、その時はエントランスゲートが閉ざされていて、この写真はその前から撮ったもの。
復元農場から出て32号線に戻ったらすぐのところは、西側の谷を見下ろせるようになっていた。谷には荒涼とした火山性の大地が広がり、奥には連なる山々の端の切り立った崖が見えていた。よく見ると、その前に誰かが布地をつまんで持ち上げたようなとでも表現できそうな小さな突起が無数にあった。これも興味深い形なので調べてみると、溶岩が湖や湿地に流れ込み、水と接触して起きた水蒸気爆発によってできた偽クレーター(gervigígar)というものだった。またもや、火山性地形だ。
この辺りで撮った画像は、カメラかレンズの設定が狂っていたようで画質がよくない。特にこの画像は望遠で撮っているのでかわからないが、ざらついている。ちょっとしたミスでも画像に現れてしまう。ちょっと残念。
右に川や湖の水面を見ながら走っていたが、一度離れて再び水辺に出ると、水面の幅が大きく広がっていた。水力発電のために造られた貯水池になっているらしい。道路脇には、形の違う高圧送電線の鉄塔や風力発電の風車などが見え、いかにも再生可能エネルギー設備の集積地といった感じだった。それでいて、見える風景も絶景と言っていい。青空、湖水、雪の残る山々のコントラストが美しい。
3枚目の写真には湖水、その向こうに黒い山並み、さらに背後には、雲が滝のように流れ落ちているように見える雪山が覗いている。望遠で撮っているので、圧縮効果で距離感がつかめず確信はないが、30kmほど離れたトルヴァヨークトル(Torfajökull)氷河辺りの山であろう。ともかく雄大な光景だ。
まだ雪が溶けやらぬ荒野の風景の中を進んでいった。道路は起伏があり、丘を越え、水辺のそばを通って行く。途中から、未舗装道路になり、道路の上にも雪が残る箇所が増えていく。3枚目の写真は、フロイネイヤロゥン(Hrauneyjalón)という湖で、実際には発電のために造られた貯水池だそうだ。
実は、ここでトラブル。ランドクルーザーがスタックして身動きがとれなくなってしまったのだ。ルートマップに × をつけた場所だ。
押しても動かない。どうしても抜け出せない。焦ったが、レンタカーを借りるときに教わっていた緊急通報番号112に電話した。場所は、208号線で湖の横で発電所や何本もの送電線が見える橋の上だと言ったらわかってもらえた。へトラ(Hella)あたりから来るから1時間以上かかるということで、周りを歩き回ったり、ナップをとったりしていた。待っているとき、やはり観光客らしい車が来た。彼らも押すのを手伝ってくれて再度脱出を試みたがだめだった。先ほどの電話で、そこは冬期通行止めとなっていてまだ解除されていないことを教えてもらっていたので、彼らにもそのことを告げた。彼らも通行止めのサインは見かけなかったと言っていたし、Google Mapsのナビゲーションでは通行できるように表示されている。全くもって――である。
1時間半程して、タイヤがでかく、ごついレスキューのトラックが到着し、引き出してくれた。胸をなで下ろしたのは言うまでもない。この時、キルキュバイヤルクロイストゥル方面に行くには、へクラをまわっていかなければならないことも教えてもらった。300km近くあり、直行しても4時間くらいかかる。この時、既に午後4時をまわっていた。東京から仙台辺りまでの距離を運転することになるので休憩を取りながら行くとなると...道中が思いやられた。
戻り道は、32号線から分岐している26号線を通ることにした。走りだすと未舗装道路で、失敗だったかなぁ、未舗装道路では、舗装道路ほどにはスピードが出せないので到着が遅くなると思ったのだった。だがしかし、引き返す気にはならなかった。
正面に見えていたのは、ビュルフェットル(Búrfell)という山で、平地からぽつんと出ている。標高669mだそうだが、独立しているので目立つ。位置からして、数時間前32号線を走っているときに、近くに見えた山だと思うが、見る方向が違うと違う山に見える。この旅行記を書いているときに調べたら、この山は厚い氷の下で噴火して成長し、氷に横方向への広がりを阻まれたため、頂部が比較的平らで側面が急な、テーブルのような形になったのだそうだ。
近づくと、かなり迫力があり、麓の縞模様が興味深い。融雪時や強い降雨時など、一時的に地表水が集中して流れた跡だろう。Google Mapsなどの航空写真で見ると葉脈のようで綺麗だ。
3枚目の写真はフォッサブレックル(Fossabrekkur)という滝だ。26号線に案内板が出ていたので休憩がてら立ち寄った。滝といってはおこがましいほどの小さな滝で、並行して流れる別の流れに落ち込んでいた。調べてみると、どちらもイートリラゥンガゥ(Ytri-Rangá)の源流で、ここで合流して一本の川になるらしい。この一帯の火山性の地層へ浸透した水がこの少し上流で湧き出し、この川の源流となっているそうだ。なんと、源流近くの滝ということか。それにしては水量が多かった。そうか、4月で雪解け水が豊富だったのだろう。
フォッサブレックル(Fossabrekkur)は滝の名前とされている。一方、fossは「滝」、brekkurは「坂・斜面」を意味するbrekkaの複数形で、実際にFossabrekkurという名は周囲の緑豊かな一帯にも使われているらしい。ややこしいので、この旅行記では滝の名前としておこう。そのフォッサブレックルの近くの斜面にはいろいろな模様がついていて、変化する度に車を停めて撮影した。雪解け水などによる侵食でできたガリー(gully 侵食溝)が幾筋も刻まれているのだ。残雪がその溝を埋めているところでは、まるで白い枝を伸ばしたように流路の形が浮かび上がって見える。地面がむき出しの斜面、植生に覆われた斜面、雪の残る斜面と、場所によって見え方が違うのも面白かった。Google Mapsなどの航空写真でみるともっと上の方にも広がっている。やはり、上空から肉眼で見たいものだ。
フォッサブレックルにいたのが、午後5時頃。ペースとしては悪くないと思っていた。
そのうちに、前方の空が急に暗くなり出した。あの雲の下は土砂降りに違いない。どうか、通り過ぎてくれますようにと祈りながら運転した。結局、酷い降りには遭遇せず、この日にしてはラッキーだった。
それからは、ほとんど撮影もせず運転した。へトラ近郊が午後6時頃。キルキュバイヤルクロイストゥル近郊のホテルに着いたのは既に9時近く。食事時間が午後9時半までだったのでギリギリセーフだった。
これで、「内陸高地を越えて南海岸へ」まわる予定だった一日が終了した。内陸高地を越えることはできなかったけれど、無事生還したし、春がまだ明けきらない4月のアイスランド内陸の風景を堪能でき、夕食にもありつけた。90点の日だったと記録しておこう。
4月の一人旅の最後の日は、セルフォス(Selfoss)の町からレイキャネス半島をまわって、ケプラヴィークの空港までたどり着き、午後4時の便でロンドンへ飛ぶという結構なハードスケジュールだった。ま、直接走れば、1時間半くらいの距離なので何かあっても対処できるとの算段だったのだ。
セルフォス(Selfoss)
セリャラントスフォスなどの南部の見所を回った後はセルフォス(Selfoss)(4月ルートマップの⑤)という町のホテルに宿泊した。セルフォスは南部では一番大きな町で当時の人口は7,000人弱だったらしい。アイスランドで人が住んでいるのはレイキャヴィクだけであるということを改めて思った。
ホテルは、町の中心のリングロードが右に折れるラウンドアバウトに接し、アイスランドでも最大級の流量のオルフサゥ川(Ölfusá)にかかる橋を見下ろすという贅沢な場所だった。
まずは南下して海岸へ出て、34号線を西へ向かう。オルフサゥ川河口付近では、西から細長い砂州が延び、川の出口を狭めている。その狭い水路に架かる橋を渡ると、右側(陸側)にはしばらく水面が続く。河口部に形成された潟湖のような地形である。34号線が38号線にぶつかると左折して南下し、その後427号線に入って西へ向かった。
苔や低木が生えているところもあるが、砂原や溶岩原が続く、荒野としか言いようのない風景の中を50kmほど進んだ。時折、大西洋からの波が白い波頭を作っているのが見えた。
3枚目の写真には、ぽつんと一軒の家屋が見えている。かつてこの一帯は漁業の拠点で、多くの漁師小屋が建っていたところらしい。ただ、この建物がそれらと関係するものなのか、今も使われているのかはわからない。いずれにせよ、寂寥感が漂うアングルだと思った。
42号線にぶつかったところで、右折し、山間に入っていった。
グライナヴァトン湖(Grænavatn)
5分ほど走って右側に湖が見えた。雨模様でも緑色の湖水が鮮やかだった。Grænavatn(グライナヴァトン)と言うらしい。「緑の湖」という意味だそうで納得のネーミングである。およそ6,000年前の火山活動で、地下水とマグマが接触して起きた爆発によってできた火口に水がたまった火口湖だと考えられているそうだ。(地質学的時間としては)非常に新しい湖だ。
活性火山帯に入ってきたと実感できる。というのも、湖越しに蒸気が立ち上っているところが見えたのである。
3枚目の写真に、映り込んでいる結構大きな建物は、1950年代の大規模な酪農計画が頓挫し、牛舎とサイロが残っているのだそうだ。雨で曇っているのでよけいに感じるのだろうが、この一帯で牧草が育つのかって思ってしまう環境だ。
セルトゥン地熱地帯(Seltún)
この後、先ほど水蒸気が見えた辺りを通りかかると、Seltúnという文字と水蒸気が出ている写真がついた案内標識が出ていて、駐車場に車があり、ほかにも訪れている人がいるようなので、行ってみた。
駐車場には、トレイルマップとここの説明がされた案内があり、「セルトゥンの泥泉や噴気孔は絶えず変化している。たとえば1999年秋には、Drottningarhola(『女王の穴』)が爆発して大きな泥泉が形成された。噴気にはさまざまなガスが含まれ、その一つが温泉地特有の臭いとして知られる硫化水素。硫黄化合物の影響によって湧水は酸性になり、植物が育ちにくい。かつてはここで硫黄が採取され、アイスランド国外へ輸出され、火薬の製造に使われていた。」というようなことが書いてある。硫黄を採掘していたということは、この景観には人の手による造形も入っているということなのだろう。
せっかく立ち寄ったので、雨の中ではあるが傘を差してトレイルをまわってみた。木製のボードウオークが整備されていて、歩きやすかったのは助かった。
駐車場から見えていた最初のテラスからの景観。雨が降っているので、もともと湧水によってできた池なのか、雨がたまったものか判断がつかなかった。2枚目の写真のように、一部では確かに湧水(温水?)が見られた。3枚目は、奥のテラスから駐車場方向を見たアングル。硫黄と思われる黄色、シリカと思われる白などに染まっている部分もある。
セルトゥン地熱地帯を後に北上すると、また、湖が見えてきた。かなり大きい。後で調べたら、42号線に沿って南北5km以上ある。この湖は、クライファルヴァトン湖(Kleifarvatn)といい、南北に連なっている山々の2列の間の低地に水が溜まったものらしい。地図を見ると不思議なことに、湖から流れ出す川がない。わずかな流入はあるものの、水は主に多孔質の火山性地盤を通して地下へ抜けているらしい。
3枚目は、5分ほど走った北部で撮った写真だが、こちらは水が濁っている。降り続く雨が周囲の土砂を運び込んでいたのだろうか。
この後には、8月に訪れた、ブルーラグーンやグンヌフヴェルを訪れているが、既にリングロード一周ツアーのところで紹介したので、ここでは改めて説明することはしない。
この旅行記を書いていて思ったのだが、2016年当時、レイキャネス半島では噴火は起きていなかった。その後、半島では噴火が繰り返されるようになった。もしそんな時期の旅だったなら、427号線をそのまま西へ進んで、新しく流れ出した溶岩を見に行こうとしたに違いない。ホットな場所を見られなかったのは残念だが、当時は存在しなかったのだから致し方ない。
これで、長い旅行記も完。
10年の時を経て、多少残っていた行程表、エアーチケットの控え、画像のEXIFなどを元に記憶を掘り起こし、場所の情報などは、ChatGPTやGeminiなどに探してもらっての超面倒な作業だった。2ヶ月以上かかっている。 それでも、自分が何処に行ったのか、何を見たのか、どう感じたのかなどを思い出すことができたことも多く、書いて良かったと思う。
アイスランドに行ったというと、よく「何処が良かった?」と聞かれる。甲乙つけがたい場所ばかりだが、あえてベスト3をあげるなら、次の3ヶ所かもしれない。
スヴァルティフォス・ループを歩いた時は、スヴァルティフォスの滝のみならず、周囲の景色が素晴らしくて、ここのことはすぐに浮かんでくる。二つ目は、デティフォスで、あの迫力は凄いとしか言いようがなかった。もう一つは、超有名どころだが、ヨークルスアウルロゥンをあげる。時間につれて表情を変える様子に、立ち去りがたかった記憶がしっかりと残っている。
最後の一枚はどの写真にしようかと迷ったけど、4月に訪れた最後の場所、大陸に架かる橋(Brú Milli Heimsálfa / Bridge Between Continents)の上から南の方を撮った一枚にした。アイスランド形成の要素の一つであるプレート運動によって生じた裂け目が見られるところだ。調べてみると、この橋が架かるアルファギャウ(Álfagjá)も、北アメリカプレートとユーラシアプレートが離れていく広い境界帯の中にある裂け目の一つである。プレート境界というと地図上の一本の線を想像してしまうが、実際にはある幅をもった変形帯であり、その中に複数の裂け目が存在している。「大陸間をつなぐ橋」というのは、そんな地質をわかりやすく見せるための象徴的なストーリーということだろう。アイスランドらしいといえばアイスランドらしい。
調べていると、もう一つ関連した話があった。この橋には、レイフ・ザ・ラッキー橋(Leif the Lucky's Bridge)という名前もある。レイフとは、「ヴィンランド・サガ」というアニメで主人公に新大陸ヴィンランドの存在を教える重要人物として描かれているレイフ・エリクソン(Leif Erikson)のこと。実在したと考えられている人物で、西暦1000年頃、コロンブスよりはるか以前に北米へ渡ったとされる、アイスランドゆかりのヴァイキングらしい。まさかここで「ヴィンランド・サガ」につながるとは。いろいろ面白いことだ。
ということもあり、たまたま映り込んだ「ICELAND 2016」も気に入った。本当は文字に気付かず見切れているのだが、それも旅の一つの象徴だろう。
さて、次は何処の旅行のことを書いてみようか。