時間帯と方向により表情を変える巨大な岩塊ウルル、
風の谷があるカタジュタの岩塊の連なり、そして
干からびた大地を流れる川が刻んだキングスキャニオン
これら三ヶ所を訪れた。
ウルルには魅せられて何回も足を運び、移動の途中の赤茶けたステップの大地そのものにも魅せられた。
時間帯と方向により表情を変える巨大な岩塊ウルル、
風の谷があるカタジュタの岩塊の連なり、そして
干からびた大地を流れる川が刻んだキングスキャニオン
これら三ヶ所を訪れた。
ウルルには魅せられて何回も足を運び、移動の途中の赤茶けたステップの大地そのものにも魅せられた。
ガイドブックやパンフレットでもよく見かけるウルルの姿。訪れる前の基本的イメージはステップの大地に唐突に出現する岩塊で、この姿をいろんな角度から見ることさえできれば良いだろうと思っていた。当然だが見るアングルによって表情が変わる。
5枚目の画像は、空港からホテルに到着して一休みした後、出かけてみた時に撮影した一枚。夕方だからだろうが、オレンジ色の空に対し、少し紫がかった岩に見えた。最初から見慣れた画像とは違った表情で、場所と時間によって見え方が変わることがわかっていった。しかし、ウルルの周囲は自動車、徒歩とも入れるところが制限されていて、どこからでも見ることができるわけではない。
ガイドマップには、自動車が入れる道路、駐車場、ウォーキングトレイルが記載されている。現地にも案内板が立っている。日没を見るポイント、日の出を見るポイントが示されていたので、是非、その場所での撮影に臨みたいと計画した。
ちなみに、登頂は全面禁止というわけではなかったが、体力的に無理だろうと思っていたので最初から考えなかった。なお、2019年に全面禁止になったそうだ。
以前使われていた「エアーズロック」という名称は、この地を訪れたイギリス人探検家が、当時の南オーストラリア植民地首相であったヘンリー・エアーズ(Henry Ayers)の名前にちなんで命名したのだとのこと。この名前は、昔からこの地を聖地とあがめていたアナング族(Anangu)の人々に対していかにも不遜であると言うことから、彼らが古来使っていた固有名称であるウルルという名称に変更された。ネット上では「偉大な石」とか「日陰の場所」とかいう意味だとする説もあるが、公式に否定されている。昔から使われている人の名前よりずっと素敵だ。ただし、空港とリゾート地の名称としては「エアーズロック」という名称が残っている。
夕暮れの表情の変化は息をのむ美しさだった。まだ日が翳り初めの頃、影がウルルの下部に到達したとき、そして完全に影に入ってしまった後の三枚を紹介する。トップに掲載した写真は二枚目と三枚目の間に撮ったものだ。ただし、かなり明るく見えるように処理している。
夕景は、夕陽に背を向けて光があたるウルルの面を撮ることにし、まだ少し太陽が高い午後4時半頃から撮影場所に陣取った。日没時間が5時42分で約1時間前になる。
三脚を据えた頃は、まだ、昼間の見え方と変わらなかった。徐々に影が手前の草原を進んでいき、その影がウルルの足元に到達したのが二枚目の写真だ。ウルルは夕日を浴びて真っ赤になり、後ろには地球影が出てきて、その上はビーナスベルトのピンクになっていた。
影はウルルを上って行き、ついには世界全体が薄暮に染まる。ピンクが広がり、地球影も徐々に高くなっていく。「帳が降りる」というが、夜は地平線から上がって行くという感じだった。太陽を背に東を向いていたからの現象なのだが。
ちなみに、撮影場所はサンセットビューポイントだ。
ホテルで夜空を見上げると星がきらめいていて天の川まできれいに見えるではないか。これなら、星空を背景にウルルが撮れるのではないだろうか――と思って、撮影場所を探した。遠景でウルルとリゾートの灯りがアクセントになるかと思って、この場所で撮った。思っていたよりウルルは小さく写ってしまった。それでも満天の星空と並ぶ姿を見ることができた。
朝の顔はメリハリがきいてキリッとしている。最初の4枚はタリングゥ・ニャクニチャク(Talinguru Nyakunytjaku)というサンライズビューイングで撮った写真。広いエリアで角度を変えて違う表情も見られる。4枚目にはカタジュタの遠景も入っている。
5枚目から7枚目は、星空撮影後のもので北の方の道路沿いから撮った。日の出前には空全体がピンク色に染まり、太陽が顔を出すと東面が真っ赤に染まった。この時はまだ、草原はほぼ暗いままだったのもウルルを引き立たせる脇役だったのかもしれない。最後の7枚目は、太陽が出て10分くらいした時の光景。幻想的だった。
カタジュタは、36個のドーム(Dome)と呼ばれる丸っこい岩塊の集合体である。この集合体がステップ平原の中に大洋の中の小島よろしく存在している。一つの大きな岩塊であるウルルとは少し趣が違うが、レッドセンターの見どころの一つである。
ウルルのタリングゥ・ニャクニチャク(サンライズビューポイント)から望遠レンズで撮った一枚。カタジュタの全貌がわかる
最高峰のドームは標高1,066mでマウント・オルガ(Mount Olga)という英語名がつけられている。しかし、他のドームには名称がつけられていない。いや、アナング族内では存在しているらしいが、種族内の秘密らしく公開されていない。ちなみに、カタジュタは「多くの顔」という意味らしい。
谷や展望台には名前がつけられている。最も知られているのが「風の谷(Valley of the Winds)」 で、谷を抜け西側を周回するウォーキングトレイルが設置されている。このトレイルはフルサーキット(Full Circuit 一周)で7.4Km、所要時間は3~4時間とされる。途中、カル展望台 (Karu Lookout)とカリンガナ展望台 (Karingana Lookout)がある。
マウント・オルガとその隣のドームの間は、ワルパ渓谷(Waḻpa Gorge)という名前がつけられていて、標高600mほどの駐車場から、890mほどの展望台までの往復約2.6km、所要時間約1時間のウォーキングトレイルが設置されている。後日調べると、「Waḻpa」 は現地のアナング語では風を意味するのでどちらも「風の谷」なんだけどなぁ――と思った。
最初に訪れたのはワルパ渓谷だった。「風の谷」の方が有名なのでそちらに行きたかったのだが、難易度の想像がつかず、まずは容易そうなワルパ渓谷に行くことにしたのだ。ウルルの方からの途中、展望台らしきところがあったので、立ち寄った。砂漠展望台(? Kata Tjuta Dune Viewing)だった。ここから撮った写真が最初のものだ。広角で撮った写真には全体が入っているが、部分的に切り取った方が迫力があるように見えた。
二枚目からは歩き始めてから撮った写真。赤茶けた大小の岩か転がっていて荒涼としている。トレイルもその小さな石を敷き詰めた砂利道という体だった。
2017~2018年に歩道改修がされたようで、最近撮られたと思われるネット上の画像では、もっと歩きやすい道になっているようだ。
ところで、このワルパ渓谷では撮影制限がある。ウルルーカタジュタ国立公園管理局(Uluṟu-Kata Tjuṯa National Park)のウェブサイトのWaḻpa Gorge walkのページにTips for Photographers(写真撮影者の心得)という項目があり、「写真を撮るときは両側の岸壁をフレームに入れること」といった記載がある。特定の岩肌や窪みだけを切り取ると、アナングの人達が公開を望まない聖なる場所や特徴的な岩肌を強調してしまう可能性があるということだろう。ただし、動植物のクローズアップはよいようだ。このページを作成するにあたりいろいろ調べている最中に、上記のウェブサイトを発見してわかったことである。日本語のガイドなどにはほとんど明確に記載されていないようだ。
この制限にそって、このサイトでは、渓谷内の写真は全て両側の岸壁が入っているものを選んでいる。
ワルパ渓谷を訪れた翌日、出直して「風の谷」のトレイルに挑戦した。ワルパ渓谷のトレイルから駐車場に戻ったときは既に昼頃になっていて、続けて風の谷に挑戦する気にはならなかったのだ。5月初旬だったが、まだ、夏の終わりの季節のようで昼間はとても暑くなるのである。
駐車場に車を置いて、4時間ほどかけてフルサーキットをまわった。
この地図を見てサーキットをまわったわけだが、前に掲載しているカタジュタのトレイルマップ(2026年版)と若干異なっている。そう、写真撮影禁止区域が記載されていない。 個人、つまりガイドなしで動いていたので、全域にわたり、例外つきではあるがほぼ撮影禁止とは夢にも思っていなかったのだ。そういう理由で風景写真は掲載できないので、例外の動植物や人を撮った写真のみ掲載することにした。詳しくはウルル-カタジュタ国立公園管理局のウェブサイトのValley of the Windsのページに記載されている。
さて、駐車場からのトレイルはワルパ渓谷と同様に砂利道だが、こちらの道の方がよく整備されていた。カル展望台目指して登って行く。カル展望台は谷の鞍部の最高点に標識が立っているだけの場所だった。下って少し進むと、分岐点がある。右に曲がってカリンガナ展望台を目指す。両側に岩壁がそそり立つところにさしかかると、赤っぽい岩壁に模様のような窪みがあり見ていても飽きなかった。岩壁の下にはアカシア・アネウラ(Acacia aneura)やユーカリの一種リバー・レッド・ガム(River red gum)の木が生えているが、中にはずいぶん成長していて枝振りがよいのも多かった。また、既に枯れていて荒涼感をますような木もある。カリンガナ展望台もカル展望台と同じように案内板だけがある開けた場所だった。西側のドームが見ながら、しばし休憩した。ここで引き返すという選択肢は 考えられなかった。そのまま坂道を下り、サーキットをまわることにした。サーキットでは西側のドームといろんな木を見ながら平地をひたすら歩き進むだけできついことはなかった。ただし、めちゃくちゃ暑かった。そしてブヨのような虫が多い。購入した防虫ネットを持参していたが、大正解だった。サーキットの分岐点まで戻ってきたときはほっとしたのがホンネ。
ウルルとカタジュタ、これらの造形物が突如平原に出現している。どうして形成されたの?
自然に出てくる疑問なので調べてみた。ここにはウルル-カタジュタ国立公園管理局のウェブサイトのGeology のページ などを参考にまとめてみた。
約5億5000万年前、西のピーターマン山脈(Petermann Ranges)は現在より遙かに高く、そこから流れる川が浸食した砂や岩を運び扇状地を形成した。ウルル辺りは砂の扇状地、カタジュタ辺りは岩の扇状地であった。約5億年前、この地域は海に覆われ、1億年ほど海底にあり、扇状地の上に砂や泥が堆積し、重圧で下部の扇状地を岩に変えた。4億年ほど前のテクトニックプレートの移動に伴うアリススプリングス造山運動(Alice Springs Orogeny)の際、大規模な褶曲がおき、カタジュタはわずかに傾き、ウルルは褶曲でM字型に立ち上がった部分が座屈してほぼ90度になった。その後、過去3億年間に柔らかい岩石は浸食されて消え去り、ウルルは、外周9.4km、高さ348mの砂岩で形成されたモノリスとして、カタジュタは礫岩で形成された36個のドームとして残っている。
ウルルは「アルコース」と呼ばれる岩石の一種である。表面が赤く剥がれやすく、剥がれた後の灰色の斑点がある。赤色はアルコースに天然に含まれる鉄が錆びたものであり、灰色は岩石本来の色彩である。また90度傾いたことにより縦のしわが見えている。一方、カタジュタは、礫岩で形成されているが、その大部分は花崗岩や玄武岩である。そして、水平層が隆起したものなので横方向に層が見える。
また、両方とも氷山のように地面の下が大きいとのこと。なんと地下6kmにも達するそうである。
ホテルで、ウルル、カタジュタ以外に訪れるところはあるかと尋ねたところ、教えてもらったのがキングスキャニオンだった。ホテルから約300km離れているらしい。往復600kmにもなる。東京から仙台辺りまでに等しい。高規格高速道路もない。「そんな運転したくない」と思っていたら、ニコッと笑って「明朝、バスツアーが出るよ」と教えてくれた。うまいなぁ!その勧誘に乗って、翌日は早朝4時出発、戻り時間午後6時頃という丸々一日がかりのツアーだった。
キングズキャニオンはワターカ国立公園(Watarrka National Park)に属する峡谷である。4億年前ここは海であり、砂や泥が堆積した。3.5~3億年前に大規模な隆起が起こり、現在キングスキャニオンが位置するジョージ・ギル山脈(George Gill Range )の土台となる台地(Plateau)が形成された。この際、岩盤に垂直な無数のひび割れ(節理)が入った。この節理に雨水が流れ込み浸食し、下部の柔らかい層を削った。そのため上部の固い層が崩れ落ち断崖を作った。(Tourism Central Australia のウエブサイトより)
リムウォーク(Rim Walk)はこの峡谷の崖の上の遊歩道約6kmを3~4時間かけて散策するのである。全長約2.6km(往復約1時間)の谷底を歩くコースもあったが、せっかくなのでリムウォークに挑戦した。
駐車場から出発すると、直ぐに標高差50m、500段ほどの段がある「ハートブレイクヒル(Heart Break Hill 心臓破りの丘)」を登る。登り切ると渓谷の全体が見える。少し進むと赤い岩塊のドームが見えてくるが、その手前の開けた場所では、カタジュタにあったスピンフェックスの低木やマルガ、ゴーストガム(Ghost Gum ユーカリの一種)などが生えている。カタジュタとほぼ同様の植生にみえるが、こちらの方が種類が多いかもしれない。格好がいい枯れ木が見えるが、単に枯れたのか、定期的に発生する火災で葉が燃えたのか、あるいは、乾燥から身を守るために自ら枯れ木のような状態になったのかはわからない。ドームの間を抜けていく。ここのドーム地帯は「ロストシティ(The Lost City)」と言うらしいがピンとこない。
ドーム地帯を抜けると、また、開けた場所に出る。ここの植生もドーム地帯前と変わらない。名木のような枯れ木の格好良さも同様だった。崖の縁に行ってみると、対岸の岩壁、ガーデン・オブ・エデンの辺りの緑も見える。どこも同じだが、どこにもガードレールのような無粋な安全柵はない。
しばらく進むと、今度は木製の階段を伝って峡谷の最深部へ降りていく。降りた先が「ガーデン・オブ・エデン(Garden of Eden)」というオアシスだ。年中枯れないという水場があり、恐竜が地球を支配していたジュラ紀や白亜紀(約1億5000万年前)の全盛期の姿を今に伝えるソテツ「マクロザミア・マクドネリー(Macrozamia macdonnellii)」(現地のガイドは「キングズ・キャニオン・サイカッド(Kings Canyon Cycad)」と言っていた。)が生い茂っていた。世界中でこの辺りだけに生息しているとのこと。乾燥地帯で生き延びるため驚異の超遅成長速度を獲得していて、写真に写っている大きさのものはおそらく1000年くらい経っているものらしい。
オアシスを通り抜けると、今度は降りて来たのと反対側、南側のリムへ登った。なかなかしんどい。しかし、登り切ると後はたいした高低差がないトレイルを進んでいく。
途中のルックアウト(いつもは展望台と書いているけど、ここはあえてルックアウトと書いた。)では、前半に歩いてきた北側のリムのドームや岩壁が見え、見下ろすとオアシス辺りが見える。壮観だ。そして端まで行くと怖い。他の人も恐る恐るで這いつくばって谷底を見ていた。
ここでどうしても比べたくなるのがアメリカのグランドキャニオン。ノースリム、トロウィープ・オーバールック(Toroweap Overlook )で同様の姿勢で遮るもののない谷底を撮影したのだった。向こうは崖の高さが900mくらいの垂直な崖なので、それに比べればここは低いかもしれないけど、例え100mであっても落ちれば即死。人間には同じなんだよね。
ダイナミックなのはここまでで、この後は緩やかだった。といってもずっと石の上を歩くので気を抜くというわけにはいかなかった。植生はノースリムと同様で日陰を作ってくれることはなかった。途中で見上げると木の瘤のようなものを見つけた。シロアリの巣らしい。土や噛み砕いた木屑、自らの分泌物を巧みに練り合わせて作られており、触るとコンクリートのようにカチカチに硬いのが特徴だそうだ。
最後の一枚では対岸の人が別れを惜しんで手を振ってくれているように見えた。なんか状況にぴったりだと感じたことだった。そして、所要時間は3時間足らずで思ったより早く戻って来ることができた。最後のころはかなり疲れていたが、思ったより見ごたえがあったのでリムウォークに参加して正解だったと思う。
バスツアーだったからこそだろうと思うが、途中で撮ることができたところもあった。
最初の画像の「オッカ」はオーストラリアを代表する大型のオウム、キバタン(Sulphur-crested Cockatoo)で、カーテン・スプリングス・ステーション(Curtin Springs Station)という途中のドライブインで飼われている有名な個体名!ネットで探れるほど有名なオウム君だ。
二枚目は、アマデウス盆地(Amadeus Basin)の塩湖チェーンの一つ。昔のこの辺りの排水ネットワークの残滓で最大のアマデウス湖を始め無数の塩湖がある。ラセター・ハイウェイ(Lasseter Highway 道路4号線)走行中に見える。夕景もきれいだった。
三枚目は、ウルル――みたいなコナー山(Mt. Conner)。アリススプリング方面からウルルに向かうときに、ここを通ると、このメサをウルルと間違ってしまう(フールな)者がいるということから、「フールル(Fooluru)」と呼ばれているらしい。ま、初見ではそう思ったけど(汗)
現地のアナング族にとっては、クンカランカルパ(Kungkarangkalpa = Seven Sisters Tjukurpa 七姉妹伝説)の逃避行中に身を隠したり、水を求めて穴を掘ったりしたという伝説があり、現在も女性の聖地とされているそうだ。
地質的にはウルルより古い約6億〜7億年前の堆積地層が隆起で水平のまま地表に出て、非常に固い礫岩の層がキャプロックがある部分だけが柔らかい下部とともに残って現在まで残っている。アメリカのモニュメントバレーのメサと同様な形成過程で、姿も類似している。
実は、こんなに盛りだくさんな場所なんだが、あまり見学に行く場所ではないようだ。
実は、レッドセンターで最も印象深かったのは、これまで書いてきた場所ではなく、その様々なスポットを乗せたテーブルのような、真っ赤な大地だった。
「赤い」のは、岩石の中の鉄分が酸化したのだろうとは想像に難くない。湿潤だった頃、鉄分を含む鉱物(長石や黒雲母など)が化学反応をおこして酸化第二鉄になった。この酸化した岩石が、カラカラに乾燥した砂漠気候に変化した環境下で粉砕され、周囲の砂粒を薄くコーティングしたため、大地全体が赤くなったそうだ。
また、見渡す限りのスピンフェックスの草むら、その中に点在する赤い蟻塚、デザート・オークなど。これらは数万年におよぶ極限の乾燥化を生き抜くために、植物と昆虫がそれぞれ極限のサバイバル戦略を進化させた結果生まれた、このレッド・センターの生態系であり、旅するものとして見過ごしてはならないものだろうと思う。
The Red Centerという、アウトバック―The Outback での六日間はこれまでの旅とはひと味違っていた。よい旅だったと思う。次の旅はどんなユニークな旅にしようか、どんな写真が撮影できるだろうかと思う気持ちは尽きないものだ。
羽田からジェットスター航空の夜行便でオーストラリア南部のシドニーまで飛び、トランスファーでオーストラリア大陸の北部中央にあるエアーズロック空港(Ayers Rock Airport AYQ)まで飛んだ。到着したのが午後1時半頃で明るいうちにホテルまで行くにはゆっくりとした時間だった。空港でレンタカーを借りて移動手段にした。自由に撮影するためには――徒歩で移動できる範囲じゃない。
ウルル周辺のホテルは、エアーズロックリゾートエリアに5軒あるだけだった。(2018年以降営業再開したホテルがあり6軒となっている、)この中で、セイルズ・イン・ザ・デザート (Sails in the Desert)に5泊した。このエリアで最高級だと言われているが、評価に違わずとても快適に過ごせた。概要は以下の通り。
この後、メルボルンでも3泊し、市内散策、グレートオーシャンロードツアーにも参加した。最終的に土曜日に帰宅し、一週間+αの旅程であった。